6月5日 その⑤
稜と健吾の踏み入った体育館は、こっくりさんが侵入することのできない安全地帯であった。
正確に言い表すとするのであれば、こっくりさんも侵入することができる。だけど、こっくりさんが体育館に侵入するためには鳥居を通る必要がある。
その鳥居を通ってしまえばゲームは終了する。よって、それは結果としては鳥居を通れない───と言っていいのである。
もちろん、こっくりさんがグラウンドの方へ飛び出して行って別の扉から通ってくる───という可能性も否めなかった。だけど、ゲームに参加している稜達12人は、グラウンド───要するに、校舎の外に飛び出すことはできないのだった。
移動できるのは、A棟とB棟・体育館の3つだけであった。ゲーム参加者がグラウンドに出れないのに、こっくりさんはグラウンドに出れる───というのはゲームの崩壊を表している。
だって、こっくりさんがずっとグラウンドにいてしまったらゲームは終了しないのだ。
前回の七不思議が2時間ほどで終了させられた───という事実があっても、マスコット大先生は「ゲームを公平に楽しむ」ことを第一にしている。
だから、こっくりさんをグラウンドに放置してゲームを終わらせない───という、半ば時間稼ぎとも思えるような行為を行うような人物だとは思えなかった。
マスコット大先生はマスコット先生と同じ人物であるから、公平をモットーとしている長引くようなゲームは好かない。長引くようなゲームが嫌いなのは、第4ゲーム『分離戦択』2回戦『パラジクロロ間欠泉』が物語ってくれている。
これらの事実こそが、体育館を安全だと物語ってくれていたのだった。
「───まぁ、安全だってわかったところで何かがある訳じゃない。こっくりさんを探す───いや、こっくりさんを探すために必要な10円硬貨を探すしかないだろうね」
「あぁ、そうだな。でも、マスコット大先生はどこにあるかなんて説明してなかったけれど...どう思う?」
「どう思うも何も、考えればわかるだろ。このゲームのタイトルを思い出せ」
稜の疑問に、健吾は答える。
「『トイレのこっくりさん』だっけ?」
「そうだ。それと、どうしてマスコット大先生がゲームを始める前にこっくりさんとトイレの花子さんの概要なんか話したと思う?」
「そこにヒントが隠されてるから───ってことか」
「そういうことだ。だから、3階の女子トイレの個室に行くのが正解だろうな」
「───女子トイレ、入るの?」
「しょうがない、ゲームに必要なんだ」
「必要なのはわかるけど...間違ってたらどうするんだよ?」
「………稜、捜査というのは決めつけてかかり間違っていたら『ごめんなさい』でいいんです」
「どうして急に敬語に?」
「───とまぁ、そういう訳だ。3階の女子トイレに行こうぜ」
「本当にいいのかなぁ...」
───と、そんなこんなで稜と健吾の2人は3階の女子トイレへと向かう。
A棟3階の女子トイレの前までやって来たけれど、そこには誰も来ていないようだった。
「気付いた人はオレだけ───ってことか?」
「いや、もう皇斗とかも気付いていたんじゃないか?最初に下に行ったのはブラフだったのかもしれない。実際、1階で一度も皇斗のことを見なかったし」
「それもそうか。俺は女子トイレに入るつもりはないから、入るなら健吾が入ってくれ」
「あぁ、わかった。無理してオレも女子トイレに入ることを推奨したりはしないよ。取りに行くなら一人でいいのは正解だしな」
「んじゃ、よろしく頼む」
「そっちも、オレが女子に問い詰められたら弁明を頼む。美緒にバレたら破局になり兼ねない」
そんなことを言って、女子トイレの中に入っていく健吾。稜は、女子トイレから少し離れたところで健吾の帰りを待っている。
「えぇと...3回ノックして...」
健吾は、手前から3つ目の閉められたトイレの扉をコンコンコンと3回ノックする。そして、こう口にした。
「花子さんいらっしゃいますか」
その言葉に対する返答はない。その代わり、トイレの扉が開く。そこにあったのは、一つの宝箱だった。
「これが...」
健吾は、その宝箱を開ける。幸い、鍵などは付いていないようだった。その宝箱の中にあったのは、健吾がお求めだった物───こっくりさんの場所を教えてくれる10円硬貨だった。
健吾がそのコインを手にすると、トイレの外を指して移動しようとしていた。マスコット大先生の説明通り、こっくりさんの場所を指し示していてくれるのだろう。
「───よし、これがあればこっくりさんの場所がわかる」
健吾がそんなことを口にして、女子トイレの外に出ると───。
「健、吾...」
何者かに掴まれたかのようにして、数十センチ程浮いていたのは稜だった。稜が、健吾の方を向いて助けを求めると同時。稜は、何者かに投げられたかのようにして吹き飛んでいった。
「───んな」
こっくりさんの襲撃。健吾が、そのことを一瞬で理解して一瞬で行動しようとしたその合計二瞬。
それよりも早く、見えない怪物───こっくりさんは、健吾に襲いかかっていたのだった。
ドンという音と同時に、健吾は女子トイレの奥の壁までぶち当たっていく。健吾の手から離れてしまった10円硬貨は、こっくりさんの体に当たったのであろう。マスコット大先生の言葉通り、ブルブルと空中で震えていたのだった。