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6月1日 その⑤

 

 ───柊紫陽花の意識が戻ったことを理由に、マス美先生が駆けつけてきてそのまま柊紫陽花の診察を行った。


 外傷こそ大きくても、意識が戻った柊紫陽花が入院をこれ以上必要としていないのは、彼女が過去の生徒会メンバーであることを───俺のライバルであった靫蔓と同期であることを感じ取れた。


 俺と反対側にあるベッドの腰掛けて、柊紫陽花は呆然としていた。彼女は少し俯いて、負の空気を纏わせていた。

 彼女の言動から察するに、柊紫陽花は靫蔓のことを好いていたのだろう。

 もっとも、好かれていた本人である靫蔓はその好意に気付いていなかったようだけれど。

 まぁ、柊紫陽花自身その恋情を隠していた節があるようだし、気付かないのは仕方ないことだったのかもしれない。靫蔓を鈍感だ───と罵ることは間違いなのである。


 ───と、俺と柊紫陽花の2人きりで重い空気がのしかかったその時。


 救護室の扉は開かれた。そこに立っていたのは、身長180cm以上の俺よりも背が高い女傑───森愛香だった。


「マス美先生から柊紫陽花が目を覚ましたことを聴いた。いるか?」

「いるよ、俺の反対側だ」

「んなの、見ればわかっている。黙っていろ」


 部屋に闖入してきた愛香は、俺の優しさから出た案内を罵倒して柊紫陽花の方を見た。彼女らしいっちゃ彼女らしいけれど、少し傷つくところもある。まぁ、この程度で一々傷ついていちゃ愛香の相手なんかできないのだけれど。


「おい、貴様。立て」

「───」

 愛香は、靫蔓を失い嘆き悲しでいる紫陽花に無理強いをする。


「立てと言っているんだ」

「愛香...今は無理は...」

「栄、貴様は黙っていろ!お前の優しさが人を腐らせていることに気がついていないのか!」

「───」

 愛香が俺を叱責する。彼女の言葉は、怒りとは違ったまた別の感情が含まれていた。


「紫陽花、お前は悲劇に直面した時、何もしないような人物じゃないだろう!貴様の性格で、悔やんで全てを投げ捨てるようなキャラじゃないだろう!」

 愛香は、紫陽花の胸ぐらを掴む。そして、紫陽花をベッドの上から突き飛ばした。紫陽花は俺のベッドにぶつかり、ガシャンと音を鳴らす。


「しょうがないだろう...少し暗いメソメソさせてくれ...」

「メソメソさせてくれだと?調子に乗りよって。お前はいつからそんなに弱くなった?いつから妾が蔑むような対象になった?」

「───靫蔓が死んだ。愛香は...知って()()()いるだろう。私が...靫蔓を好きだったこと」


 紫陽花の一人称が「妾」から「私」に変わっている。いや、戻っていると言ったほうがいいだろうか。

 彼女は「妾」という一人称を故意に使用していたのだ。自分を強く見せるために、あえて「妾」という一人称を使用していたのだ。


 ───柊紫陽花は豪運なだけで決して強くない。


 彼女だって、守られるべき存在だった。俺は、紫陽花の不運───否、()()を知って尚、どう声をかければいいのかわからず下唇を噛むことしかできなかった。


 ヨロヨロと紫陽花は、その場から立上がる。そして、愛香の方を見た。

「知っていただろう!私は...私は靫蔓のことを好きだったって!」

「あぁ、知っていた!だから、どうした!そんなのは言い訳にすらならない!」

「じゃあ、愛香は好きな人が死んだらどうするんだ!悲しまないのか?苦しまないのか?後悔しないのか?そんな訳ない...愛香だって悲しむはずだ!苦しむはずだ!後悔するはずだ!それはお前だって一緒だろう?」

「あぁ、悲しむだろう。苦しむだろう。後悔するだろう。だけど、全てを捨てたりはしない!貴様は全てを捨てた!それ故に妾は怒っている!」

「だけど...死んだんだぞ?もう取り返しは───」


「───取り返しはつく。死がふたりを分かつまで───だなんてくだらない。そんな訳ないだろう!」

「───は?」

「靫蔓は生き返った。それは、貴様だってわかっているはずだ!ならば、もう一度生き返る可能性だってあるだろう!いや、違う!生き返らせろ。好いているのだろう?もう一度会いたいのだろう?愛し合いたいのだろう?ならば、もう一度生き返らせろ。貴様と靫蔓を離れ離れにさせているのは死なんて陳腐なものじゃない。忌々しきマスコットだ。貴様も、マスコットに反逆しろ。刃を向けろ。もう一度復活させるよう行動しろ」

「───そんなこと...」


「諦めるなと言っている。妾の優しさがわからないのか?やらずにそうやって後悔しているのだ。やる以外の選択肢はないだろう!」

「───わかった。ここは愛香に素直に従ってやる」

「ふん、偉そうに。まぁ、いい。腑抜けはどっかに消えたようだ。貴───いや、紫陽花、このまま何事もなかったように四次元に戻ることはできないだろう?ならば、妾の寮に来い。一部屋余っているからそこを使え」

「───いいのか?」


「どうやら、人の恋路を応援することしかできないのが、妾らしいからな」

「───そうか、実るといいな」

「残念だな、実らんよ。話は終わりだ、今すぐにでも寮に行く。付いてこい」


 ───そして、愛香と紫陽花は帰っていった。


「よかった、仲直りしたようで」

 俺は、2人の関係がもとに戻ったことに安心する。ここで戦いが起こって巻き込まれても、不運だけだったし。


「それにしても、愛香が人を好きになるなんてこと、あるんだなぁ」





 ───栄も、鈍感だった。

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雨城蝶尾様が作ってくださいました。
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― 新着の感想 ―
[良い点] 愛香、色々と男前過ぎる。 生き返らせる、その発想はありませんでした! そして栄、定番の鈍感主人公。 でもこれはこれで良いです。
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