6月1日 その④
席替えを終えた教室。それは、随分と活気づいたものになるのであった。
「おい、マスコット。妾の斜め前の空席は誰になる?」
全員が自分の席に着席している中、目立っているのは今日学校を休んでいる4つの空席だった。
「そうですね。休みの人の場所も説明しましょう。まず、一番廊下側の4つ目の席───そこは、池本栄君の席です。隣の安土鈴華さんでも、前の岩田時尚君でも、後ろの中村康太君でも誰でもいいので伝えてあげておいてください」
「それじゃ、俺の隣は?」
「そこは智恵さんです」
稜の質問に、マスコット大先生は答える。
「それで、最前列廊下側の空席が綿野沙紀で最前列窓側の空席が園田茉裕さんです。よろしいですね?」
「「「はい」」」
生徒全員の返事の声が響いた。
「では、本日はこれで以上です。来週は定期試験もありますのでよろしくお願いします」
そう言って、教室の外に出ていくマスコット大先生。どうやら、今日の報告は終えたようだった。
「よかった、今回の席替えでは女子に囲まれることはなかったよ」
隣に座っている健吾にそう伝えるのは、拓人であった。
「よかったね。前回オレ以外の方向は女子だらけだったんだっけか?」
「そうだよ、本当に災難だろう?でも今回は男女4人ずつだったからよかったよ」
出席番号順の席では、拓人は8方向中7方が女子だった。しかも、その7名は現在でも生存中だったので話す相手もおらず肩身が狭い思いをしていたのだ。
「まぁ、梨花との距離が遠くなっちゃったのは災難だけどね...」
梨花というのは、拓人と付き合っている出席番号1番の恋人の名前である。
───と、そんな感じで教室の席替えは幕を閉じる。
***
一方、こちらは救護室。
6月1日現在でも、池本栄───俺はそこに入院していた。
現在、俺は背中の傷を糸で縫合している状態である。残り数日───マス美先生の見立てによると、6月6日には糸を抜いて退院できるようだった。
俺は、この1ヶ月ほどで背中に大きな傷を既に2度も負っているので傷痕が残る───と言われていたが、そこまで大きなものは残らないようだった。
少しは残るようだけど、許容範囲───と言っていいくらいの大きさの傷痕になるだろう。
───と、ベッドの上で暇を持て余していたその時。
救護室の奥でガタリと音がする。
「───なんだ...」
「ここは...どこだ?」
女性の、そんな声が聞こえる。俺には、その声の主を知っている。
「意識を戻したのか?柊紫陽花!」
入院を初めて既に2週間が経っている。それでも目を覚ましていなかった柊紫陽花が、今目を覚ましたのだ。
「この声は...栄か。煩わしいぞ、万死に値する」
弱々しい声だけど、確かに柊紫陽花を感じ取れた。彼女は、目が覚めたようだった。
「よかった...目を覚ましたんだな...」
「───聞かせてくれ、靫蔓はどうなった?貴様が生きているということは...靫蔓は...」
彼女の問いかけに、俺は戸惑ってしまう。靫蔓は死んだのだ。俺の目の前で、2度目の死を迎えたのだ。
1回目と同じように、銃弾で体を穿たれて死亡したのだ。
「───靫蔓は...死んだよ...」
「───は?」
「靫蔓は死んだよ...俺を逃がすために...残弾数を考えなくてもいい銃を噛み砕いて...それと同時に死んだよ...」
「おい...嘘だよな...」
再度、部屋の奥からガタリと音がする。そして、ペタペタと足音を立てながらゆっくりと俺の方へ近付いてくるのが感じた。
「靫蔓は...死んだのか?」
「嘘はつかない。死んだ...死んだよ...」
「───そうか...靫蔓はまた、妾を置いて死んでしまったのか...」
───そして、俺の目の中に入ったのは涙で顔を汚した柊紫陽花だった。
「靫蔓はまた、死んだのか!妾を置いて...また!」
柊紫陽花の体は、わなわなと震えている。
「どうしてッ!どうしてッ!」
そう言って、俺の方へ進んでくる柊紫陽花。逃げることもできたけど、逃げるつもりにはならなかった。
柊紫陽花が、俺に強烈な蹴りを放ったとしても真っ向から受け止める覚悟があった。
───ライバルを守ることもできずに見殺しにしてしまった、俺なりの覚悟だった。
「どうしてッ!」
俺は、ギュッと目を瞑ってしまう。わかっていても、覚悟していても柊紫陽花の蹴りは怖かった。
───だけど、俺の体に柊紫陽花の足は当たらない。
代わりに、柊紫陽花が俺に抱きついてきたのだ。
「どうして、どうして妾は生きている!どうして妾だけが生きている!」
そう言って、涙を流す柊紫陽花。
───柊紫陽花は、驚くほどの豪運だった。
その豪運は、時に自分に都合の悪いように働く。何発もの銃弾が体を穿っても生きているのは、その豪運のせいだった。
「───妾はどうして死ねない!どうして死ぬことが赦されない!」
彼女の豪運は、彼女にとって都合の悪いものだった。
───手元に運があり過ぎるというのは、非常に残酷なものだった。
救護室には、柊紫陽花の泣き声だけが響く。俺は、嘆き悲しむ柊紫陽花に「生きててよかったな」とも「靫蔓と一緒に死ねなくて可哀想に」とも声をかけることはできなかった。
彼女の悲しみを理解することは、俺にはできない。
智恵「私の栄に抱きつくなー!」
愛香「そうだそうだー!」