4月2日 その⑪
商品説明が終わっても、場はシーンとしている。
今、誰も5万コインも持っていないのだ。だから、どれだけ買いたくても買えないのだ。
「そうですねぇ...購入者が今いないのなら、このまま風化してしまいそうですし...」
「そうやで、マスコット先生!しっかりしてもらえへんと!こっちも用意するの大変なんやから!」
マスコット先生とマスターがそんな会話をする。
「マスター、1枚くらい無料配布してもいいですか?」
「えぇ、無料?そりゃ、売上的に困るんやが...ええい!1枚位なら無料でも困らへん!マスコット先生、あなたが選んだ人にこの紙を授けてください!」
「わかりました。では...先程ピアノのリサイタルをしてくれた3人は前に出てきてください!」
「はぁい!」
「───」
「え、え?」
喜んで前に出る秋元梨花。無表情で前に出る森宮皇斗。困惑しつつも前に出る西森純介。
「先程の演奏で、一番素晴らしいと思った人のところに投票してください。別に友情票でも構いません。選曲が好みだったと言うものでも構いません。本当に、自由に投票してください。マスター、小さな紙切れはありますか?」
「あぁ、36名分位なら用意できるで?」
マスターが、5cmほどの小さな紙を大量に用意した。
「本来はメモ用紙なんやが、大量にあるし投票用紙にしちまっても問題はないんやで!」
そう言い、マスコット先生に渡した。
「では、皆さん。投票してください───って、もしかして皆さんペンを持ってない?」
俺達は頷いた。俺の後ろにいた橋本遥はゴソゴソとペンを出していたが。
「では、演奏した人以外の33名で投票しようと思います。同数になったら、決選投票。11ずつで丁度別れたらじゃんけんで。では、出席番号1番───は、演奏者だったので、2番の安土鈴華さんから」
呼ばれた安土鈴華は面倒そうに立ち上がり、ペンを握って用紙に書いてマスコット先生に渡す。
「おらよ」
続いて、健吾も紙に名前を書く。4番なので、俺は健吾の後ろに並ぶ。健吾の用紙をチラリと覗いたら「純介」という文字が見えた。俺も、純介に投票した。ワンチャンスかもしれないが、守って貰えるかもしれないし。
俺の後に続いて、5番の岩田時尚・6番の宇佐見蒼・7番の奥田美緒と順々に投票は続いていく。
───そして、数分後に投票は終わった。
「栄は誰に入れた?」
話しかけてくれたのは、智恵だった。
「え、えっと、純介だよ」
「あ、やっぱり?まぁ、同じ班だしね。私もちゃんと純介に入れたよ!」
「そうか」
「皆さん、注目!それでは、開票していきます!」
マスコット先生の声がして、俺達は全員先生の方を向く。
「純介が一位だといいね!」
「あぁ、そうだね」
俺は、隣でニコリと微笑んだ智恵の方を見てすぐに先生の方に視点を戻した。
───と言うのも、ずっと眺めていてはニヤけてしまいそうだったのもあるし。
「純介、純介君、秋元さん、森宮君、森宮皇斗、森宮───」
と、先生はこんな調子で開票を始めた。純介と森宮皇斗は同数くらいのイメージがある。
マスコット先生は名前を呼びながら、俺らの方に隠すように小さなホワイトボードに字を書いている。
「梨花ちゃん、西森純介───と、これで最後ですね。それでは、結果を発表します!1位と2位が1票差で接戦です!では、第3位からですね!第3位は...」
皆が、先生の方を見る。
「33票中8票!秋元梨花さん!」
「あぁ...3位だったかぁ...」
秋元梨花は、悲しそうに肩を落とす。森宮皇斗の演奏で荒れた音楽室を、再度もとに戻したことだけでもすごいが、森宮皇斗と純介の2人の間に挟まれて演奏の評価が正しくされなかった。
「まぁ、2人がすごいのは事実だしねぇ」
そんなこと言っていた。
「梨花ちゃーん、残念だったねー!ミサはおーえんしてたのにー!」
「うわぁぁ!美沙ちゃん、ありがとー!」
2人はキャッキャキャッキャと会話をしていた。
「では、次は第1位を発表しましょう。名前を呼ばれた人が、夜の騎士を手に入れます!表の差はたったの1票!第1位は───」
マスコット先生によって、順位が発表される。思わず、俺は手を合わせていた。
「13票!西森純介君!」
「え、あ、僕?」
「そうです、西森純介君が1位です!」
「え、あ、ありがとうございます!」
純介は、深くお辞儀をした。
「やったやった!純介が1位だって!」
智恵が自分のことのように喜んでいる。俺は、それを微笑みながら見ていた。
「2位が、森宮皇斗君。12票で、1位まで後1票でした。それこそ、誰かが西森純介君に入れず森宮皇斗君に入れていたら逆転して森宮皇斗君が1位でした」
森宮皇斗は、無表情だった。特に、悲しむ顔も驚く顔もしていない。
そして、2位だったとからと言って森宮皇斗を蔑むようなことを言う人だっていない。
───演奏の技量では、森宮皇斗の方が軽く上回っていたから。
ピアノとホルンの演奏の技術は全くを持って別物なので、比べることはできないが森宮皇斗がピアノを弾いていたとしても実力は変わらなかっただろう。
「純介君、なにか一言どうぞ」
「え、あ、僕に入れてくれた人はありがとうございます。これを機にボカロ曲を聞いてくれる人が増えたらいいな、と思ってます。あの、えっと、本当にありがとうございました」
純介は少しタジタジしながらも礼を伝えた。
「んじゃ、これが優勝商品やで」
「あ、ありがとうございます」
純介は、マスターから夜の騎士を受け取った。
「───はい、それでは夜の騎士を受け取ったところですし、そろそろ3階に行きましょうか!」
先生の案内で、俺達は売店を離れ3階へと向かう。





