5月30日 その②
沙紀は、校舎の方に逃げて学校の中に入っていく。現在も、工事が行われているのは確かだけれど、その工事ももうすぐ終了しそうだった。
「おかえりなさい、沙紀」
「ただいま、茉裕」
生徒会室にて、沙紀が邂逅するのは黒髪の美女───茉裕であった。
「沙紀、自分の仕事は全うできた?」
「誰も殺害することはできませんでしたが...栄を刺すことはできました」
「そっか、ありがとう。そっちの方がありがたいよ」
そう言うと、茉裕は沙紀の頭を撫でる。すると、沙紀は嬉しそうに顔を綻ばせる。
「茉裕に撫でられるなんて...幸せだなぁ」
沙紀は、そう呟いては猫のように茉裕に体を擦り付ける。
───沙紀は、もう茉裕に心酔していた。
深海の奥底へ沈んでいくように、沙紀は茉裕に従順になっていたのだ。
だから、茉裕がどんな立場であろうと茉裕の為に行動しようとする。どれだけ自分が怪我をして、どれだけ死亡する可能性が高い行動だろうと、茉裕が望むのであれば行うのだった。
本来であれば、理性が止める為にそんな行動をしないとしても、その理性を茉裕が上回ってしまう。
だから、茉裕は人を心酔させることさえできれば、その人物を操ることが可能なのだ。
そして、生徒会メンバー以外茉裕が人を操れる───ということは知らないので、沙紀に襲われた栄は、沙紀が生徒会だと思うしかない───ということになる。
沙紀は茉裕の命令を自ら望んで実行しているので、恐怖で顔を歪ませる───などと言った行動もないから尚更なのである。
「───と、そうだ。沙紀も一緒に四次元に行こう」
「四次元?」
「えぇ、四次元。大丈夫、怖いところじゃないよ。私達生徒会メンバーがいるところだから。会話に口を挟まないことを条件にするのであれば、私に付いてきていいよ」
「わかりました、付いていきます」
───ということで、茉裕と共に、沙紀も四次元に行くことになった。
「お、茉裕。おかえり」
「ただいま」
一瞬。
茉裕と沙紀の2人は、四次元に到着していた。そこにいるのは、残る生徒会メンバーの3人。
「茉裕、どうだった?」
「色々上手く行ったわ。栄に生徒会は沙紀だって沙紀自身が危害を加えさせたから問題ないわ」
「他の人物は栄の推理によって、沙紀が生徒会と信じる。そして、栄も沙紀に襲われたから信じるしかない───って訳だな」
「えぇ、そうね」
「いやぁ、茉裕も災難だよね。ここまで生徒会メンバーってバレそうになるとは。僕はそこまでドジを行うような行動はさせてないんだけど」
「ちょっと、茉裕に酷いことを言わないでください!」
生徒会メンバーの1人が茉裕にかけた言葉に反論するのは、沙紀だった。
「沙紀、いいのよ」
「でも...」
「いいのよ。静かにしてて。お願い」
「───わかった...」
茉裕の言葉に納得する沙紀。茉裕を庇う行動だったからか、一瞬茉裕の命令に抗おうとした。でも、茉裕が念押しするように言葉を重ねたために「口を挟まない」という命令の方が優先されたのだった。
「───で、ここからどうするの?沙紀は来てくれたけど...他は使えそうにないよ?」
「使えそうにないっていうか、もう使えないよね。明里は殺すしかなかったし、雷人ももう殺したし」
「結果として、手持ちの駒は沙紀しかいないって訳か」
「まぁ、私に心酔してる鈴華も動かそうと思えば動かせるけどね。でも、最悪の場合を想定してるから、私が本当に死に晒された時くらいにしか使用しないわよ」
「そうだよなぁ...」
「やっぱり、操り人形の候補を使用して操り人形にするしかないか?」
「───そうだね」
「次、早速刺客として場を掻き回すために利用する?」
「うーん...どうだろう。次のデスゲームがどんなものかわからないからなぁ...第2ゲーム『スクールダウト』の本戦みたいな感じだったら行動できないだろうし」
「───そうだ。じゃあ...次の七不思議で利用するのはどう?七不思議ならば、トークでのバトルではなさそうだし」
「名案だ。それにしよう」
───と、言うことで「七不思議其の弐」にて、とある人物が茉裕の操り人形として暗躍することが決定したのであった。
***
目を覚ます。
一体いくら眠っていたのだろうか。
たった数分ほどだったかもしれないし、数日間の間は眠っていたかもしれない。
俺は、ゆっくりと瞼を開けて体に光を取り込む。
眩い光で、目がショボショボするけれど、しっかり命はあるようだった。ぼやける視界のピントが合い、目の前に広がるのは見知らぬ天井こと、ロックウール化粧吸音板。俺の人生の準レギュラーになりそうな天井だった。どうやら、また俺は保健室───いや、ラストバトル後に用意された救護室にいるようだった。
「栄、起きたのね」
「───歌穂」
俺は、歌穂の声を聴いて現実に引き戻される。
「───ッ痛!」
その時、俺の背中に慣れることのない痛みがやってくる。俺は、その痛みに顔を歪ませる。
マスコット先生とのラストバトルの時だって、背中を怪我してしまったがその時よりも痛いような気がする。
「背中大丈夫?」
「大丈夫か大丈夫じゃないかって言われたら大丈夫じゃないような気もするけれど...俺じゃなくて智恵は?」
「智恵は生きてるわよ。栄よりも先に智恵を優先して回復させてあげてくれって栄が言ってった───ってことにして、智恵のことをマス美先生に任せてる」
「そうか...ありがとう」
「別に」
俺が、歌穂と目を合わせてお礼をすると、歌穂はその白い髪を翻してそっぽを向いた。
「起きたなら私はもう帰るわ。次も悲鳴...聞かせてちょうだいね」
そう言って、歌穂は俺がいる救護室から出ていった。なんだか、歌穂には何度も助けられている。いつかお礼をしなくては───などと思いながら、俺は背中の傷の痛みに悶えるのであった。