5月30日 その①
「栄を傷つけないで!」
玄関先で、明里の死体を発見した俺に襲いかかってきたのは監禁されていたはずの綿野沙紀であった。
沙紀にナイフで後ろから背中を刺されてしまった俺は、背中にナイフが刺さったまま数歩前に移動して沙紀から距離を取っていた。
沙紀が俺を連れ攫おうと襲いかかってこようとしたその時、俺を助けに家の中から現れたのは俺の最愛の人物───智恵であった。
智恵は自分よりも小柄な沙紀にタックルして、その場に取り押さえたのだった。
「───ック!」
「栄、どうすればいい!沙紀さんは...生徒会なの?」
「沙紀は...」
俺は、判断ができない。ずっと、茉裕が生徒会だと思っていたから自分の推理が間違いだった───と認められないのだ。
茉裕が生徒会である根拠が多すぎるし、沙紀が生徒会である根拠が見当たらなさすぎるのだ。
「私が生徒会だよ、智恵ちゃん」
そう口を開いて自分を語ろうとする沙紀。だけど、言葉を開く前に智恵は凛々しい目を光らせて沙紀の顔に自分の拳をぶつけた。沙紀も、智恵が暴力を振るうような人物に見えず、それが予想外の行動だったのか殴られたことに驚いているようだった。
「智恵...」
「栄を殺そうとしたでしょ!私、許さない!」
そう言って、沙紀のお腹の上に乗って何度も何度も拳を振るう智恵。
「私を、殴ってる、だけじゃ、私を殺すことなんて、できないよ」
「智恵ッ!」
俺は、沙紀の異変に気が付きすぐに智恵の名前を呼ぶ。智恵が、チラリと俺の方を見たその時には、もう沙紀の足が智恵の頭蓋に迫っていた。
俺は、完治してまだ数日しか経っていない背中の傷が疼き動けずに、智恵は常識外れの動体視力や回避能力を持っているわけでもないので、沙紀の放った足は智恵の頭に激突してしまう。
「───」
智恵は、一瞬目を見開くとその場でフラリと体を動かして沙紀を殴る手が止まってしまう。
「弱いね。そして、甘いよ」
動けない智恵の足を持ち、智恵を地面に叩きつける。
「───や、めろッ!」
ナイフで刺された背中はまるで火が出たように熱かったけれど、俺は智恵がボコボコにされているのを見て冷や汗が出ていた。俺は、背中の痛みに耐え、智恵を救う動きに入る。
だけど、沙紀はあまりにも強者だった。いつもの俺ならば、どうにか彼女の嵐のような暴力を耐えきれたのかもしれない。でも、今は背中を刺されていてあまりにも感覚が鈍っていた。
俺は、智恵を助けようと沙紀の方へ背中を庇いながら向かうけれど、俺が智恵を回収するよりも先に沙紀は智恵を投げ飛ばしてしまった。智恵は、ガンッと大きな音を立ててチームCの寮に頭をぶつけた。智恵が、重力に従って地面に落下する際に智恵の頭から流れた赤黒い色をした液体が寮の壁を残酷に汚したのだった。
「智恵を───ッ!」
「怒りに任せて覚醒するなんて、漫画じゃあるまいし」
刹那、俺の腹部に拳がめり込んだ。
「───かは」
「生徒会の私としては栄はいい駒だったけれど...2人を殺せば話は早いね。もう、私が生徒会だってバレてもいいや」
生徒会と判明する前と後じゃ、綿野沙紀の口調がまるで別人になったかのように変わっていた。そもそも、沙紀とはほとんど関わりがなかったから、俺が沙紀のことを勘違いしてしまっていたのかもしれないけれどそれでももう少し大人しい人だと思っていた。もし、これが本性だとしてもこれまでは猫を被りすぎである。
そんなことを多いながら、俺は避けることもできずに沙紀に殴り続けられていた。沙紀は、足掛けをして背中が痛くて上手く動けない俺を転ばせる。沙紀は、背中を庇うようにして転んだ俺の、背中に刺さっているナイフをその手で乱雑に引き抜く。
「う...ぐぁぁぁぁ!がぁぁぁぁ!」
俺は、そんな叫び声とうめき声の中間のような声をあげてしまう。背中に刺さったナイフを、周りの皮膚を巻き込んで引き抜かれたのだ、叫び声の1つや2つ出てしまうだろう。
「みっともない姿、見とうもない」
沙紀はそう言うと、俺の背中から引き抜いたそのナイフを俺の首元に持ってきて───。
「バイバイ、栄。智恵と一緒に永遠にデートしてなよ。天国で」
俺の首元に置かれたナイフが俺の喉を掻っ切る───
───ことはなかった。
「───栄、よく叫んだ!」
俺の首元にあったナイフを、既に素手で掴んでいたのは、白髪の美少女───細田歌穂だった。
「歌穂...」
「───ッチ、ここにきて増援か...」
歌穂は、どうやら先程の俺の叫び声を聴いてすぐに駆けつけてくれたようだった。
「沙紀...どうしてここにいるの───なんて青天の霹靂している暇は無さそうね。栄が推理を外すなんて珍しいけど...生徒会は沙紀だったってことになるわね!」
そう言って、歌穂は右フックを沙紀に披露する。その拳は、沙紀が後飛びをしたために当たらなかった。
「一人も殺せなかったか...」
そう口にして、沙紀は現在も復旧工事中の学校の方へ走っていった。
「あ、逃げるな!」
「歌穂、追わなくていい」
「───でも」
「お願いだ、智恵を助けてやってくれ」
「───わかったわ、栄」
とりあえず、俺は生徒会メンバーである沙紀の奇襲を乗り越えることができたのであった。
だけど、俺と智恵はまた怪我を負ってしまった。これから、色々と大変だろう。
そう思いながら、背中がグサグサと痛む中俺は、ゆっくりと意識を落としていったのだった。