4月2日 その⑧
”テンッ”
”テテン”
”テテテテテン”
秋元梨花がピアノの演奏に選んだ曲。それは、アイネ・クライネ・ナハトムジークだった。
モーツァルトと作曲のアイネ・クライネ・ナハトムジーク。
「───そういうことか」
健吾が、一人でそう呟く。何に、何を納得したのかはわからない。
「アタシのリズムを聞いてくれ」
「───」
秋元梨花の演奏は爆発のような、迫力がある。先程の、森宮皇斗の演奏に比べてしまえば劣るだろう。
「アタシが、この学校の秩序を正す」
アイネ・クライネ・ナハトムジークには、乱れた音楽界の秩序を元に戻す為に作られた曲とも言われている。
今、彼女がこの曲を選び弾き始めた理由。それは、森宮皇斗の演奏により乱れたこの雰囲気───秩序を元に戻すことだ。
「秩序とは、宇宙だ。ならば、アタシは宇宙になる」
秋元梨花の演奏はすぐに終わってしまった。
だが、先程までのざわめきと言うものは無くなっていた。
ただ、静かに演奏を聞く。そのような感じだった。
天変地異によって、崩された自然が長い年月を果ててまた元に戻ったような、感じ。
マイナスから、ゼロに戻った。ならば、次は何が起こるか。
答えは「革新」だ。革新とはかけ算である。
今、俺らには「革新」が起こった。
森宮皇斗の演奏によって、ゼロにいた俺達は、マイナスに引きずり込まれた。その状態を、秋元梨花の演奏でゼロに戻したのだった。次が、最後の3人目の演奏だ。
───また、革新が起こる。
「では、3人目。最後の演奏者を決めようと思います」
残っているのは、安倍健吾・杉田雷人・園田茉裕・西村誠・西森純介・結城奏汰の6人だ。
「では、スタート」
ルーレットは回る。
「───では、西森純介君ですね」
「え、僕?」
最後に選ばれたのは、純介だった。
「では、西森純介君。よろしくお願いします。何の楽器にしますか?」
「じゃ...じゃあピアノで」
「わかりました、ではこちらに」
純介はピアノの前に座る。
「純介、大丈夫かな?」
健吾が、少し心配そうな声を出す。
「純介のこと、不安なの?」
「うん、何の曲を選ぶのかな...」
”テテンテテンテンテンテン”
「───ッ!」
「これは...?」
「アスノヨゾラ哨戒班。栄、知らないのか?」
「───すまん、わからない」
純介が選んだ曲は、アスノヨゾラ哨戒班という曲らしい。健吾は、最初の1小節を聴いただけでわかっているっぽいが、俺にはわからなかった。
「───ボカロの中でも、よりによってこの曲?」
健吾の驚きの声。
「───全員が必ずわかる曲を選ばない、か」
と、声を出したのは西村誠だった。
アスノヨゾラ哨戒班。ボカロの中でもピアノが綺麗な曲の1つだ。
「ピアノなら、この曲を選んだのは正解だな...」
健吾がそんなことを言っている。
「どうして?」
「難易度と、透明感。後、原曲に忠実だから...かな?」
「と、言うと?」
「割と難しめの曲で、ピアノをやっている人には実力がわかる。それに、前の2人の気分をあげるような曲から来て、ボカロ特有の暗い感覚のある曲を選ばずに透明感のあるこの曲を選んだこと。そして、アスノヨゾラ哨戒班はピアノが目立つ原曲だから、ピアノ一つだけでも特段問題はないんだ。ただ、一つ難点があるとすれば───」
───ピアノだと歌が無いこと。
「ボカロ曲の最大は歌なんだ。前の2人の、オーケストラ曲なんかとは違って歌詞も重要な点の一つなんだ」
「そうか...」
前2人のように、脚光を浴びることは難しいだろう。
そして、そのまま純介の演奏は終わりを迎えた。
”パチパチパチパチパチ”
「───ッ!」
俺は、驚いた。想定以上の評価だったから。全員が知ってるわけもないのに、このような評価が貰えるのが驚きだった。
「───どうして」
「純介の選曲は、間違っていなかったか...」
健吾が、自らの間違いに悔やむ。
「オレはこの曲を選んだことに驚いた。ボカロの最大は歌だっていった。でも、わざとボカロを選んだんだ───」
「どういうこと?」
「───ボカロって、最初に聞く時は歌詞を見るだろう?何言ってるか聞き取れない場合もあるし」
「───あ」
俺も、気付いた。
歌のない状態なら、歌詞がなくても問題はない。ならば、ボカロ曲を選んでも問題ないのだ。
調教・調声が行われていても聞き取れない歌詞があることが多い。ボカロ曲なら、早口の場合もあるだろう。そんな時は、歌詞が映し出されて歌の意味を初めて持つ。
───だが、最初からピアノだけならば歌詞などと言うものは必要ない。
「ピアノの実力だけで見るなら、この歌はボカロ曲の中では最適。もちろん、クラシックの音楽ならアスノヨゾラ哨戒班より難しい譜面の曲はたくさんある。でも、学生に一番刺さるのはクラシックなんかよりもボカロ曲なんだ...」
今、聴衆は俺達クラスメートと先生だけだ。
全員知っていなくてもいい。クラスの半分さえ知っておけば、盛り上がる事ができるのだ。
「───純介は、こうなることを全て読んでいた?」
健吾の解説が終わる。演奏の技術で森宮皇斗に勝てないと判断した純介は、あえてボカロ曲を選んだのだ。
「おいおい、純介...随分とおもしれー奴じゃないか...」
健吾は、随分と楽しそうにしていた。
「───」
突如、後ろから視線を感じた。俺は、後ろを振り返る。そこには、音楽を作ってきた12人の肖像画が飾られていた。





