Last Battle その㉑
「お前は...お前は、何者なんだ!」
「え...え?」
九条撫子は、七つの大罪を全て保有する少女───池本栄の恋人である村田智恵と対面して、絶望する。
智恵は、第4ゲーム『分離戦択』が行われている際に靫蔓の手によって四次元に誘拐されていたが、その時対面していたのは柊紫陽花と深海ケ原牡丹と、第4ゲームに参加していた第4回生徒会メンバーだけであり、九条撫子とは合っていなかったのだった。
九条撫子は、初対面の智恵を見て思わず絶望してしまう。不意に絶望してしまう。
目の前にいる智恵は七つの大罪を全て持っているのだ。
本能的に、勝てないと理解してしまう。
これまで、九条撫子は七つの大罪をコンプリートしている人物を見たことがなかった。
それ故に、智恵が初めてだったのだ。
七つの大罪を全て持たない誠を相手にした際は、暗中模索しながらも勝負を挑み、覚醒したことで勝利した。
───が、「七つの大罪をコンプリートしている智恵の相手は無理」などと判断したのだ。
「だ...大丈夫?」
「やめろ、やめろやめろ!私に話しかけるな!」
智恵の言葉が、九条撫子の脳を震わせる。脳だけでなく、九条撫子は体までも震えていた。
もちろん、武者震いなどではなく鳥肌。戦いていたのだ。恐れをなしていたのだ。
目の前にいる、「人間」の完全体のようなものを目の前にして、九条撫子は戦いていたのだ。
七つの大罪をコンプリートしているということは、人間の要素を完全に持ち合わせているという訳だった。
その「完全に持ち合わせている」は、「完璧な人間」という訳でも「完全な人間」という訳でもない。
そして、人間として正しい訳でもない。
───「完全に持ち合わせている」が表す意味は、堕落しやすく自分さえどうにかなればいいという汚い人間の心を全て持ち合わせている───という訳だった。
「お前...お前はどんな過去を背負っている!私は、これまで以上に可哀想な人間を見たことがない!」
九条撫子は、人間であることを忘れて四つん這いのまま、震えつつ智恵の方を睨んだ。
「わ...私は...」
「やめろ、喋るな!お前の声なんか聞きたくなんかない!」
九条撫子自身が過去を聞いたというのに、「答えるな」と罵る始末。
支離滅裂だが、しょうがない。九条撫子は、それほどまでに智恵に対して恐怖を抱いていた。
これほどまでに、人間らしい人間がいるのかという、智恵へ対する恐怖。
智恵は、人間であった。そして、人間らしい人間すぎるが故に、怪物でもあった。
人間であり怪物である智恵に矛盾を感じるかもしれないが、それは決して矛盾ではない。
九条撫子の七つの大罪を見極めることができる能力が、ここでもマイナスに働いたのであった。
彼女はやはり、人生への挑戦者であり、抵抗者であった。
───が、そんな彼女でさえも目の前の人間を前には、諦めることしかできないのだった。
「無理...無理だ!倒せない!」
九条撫子の目を通して智恵は、どう見えていたのだろう。それは、九条撫子にしかわからないが、予想するのであれば、きっと深淵よりも深く暗く黒く、宇宙よりも膨大で未知で無知蒙昧なものに映っただろう。
───だって、智恵は人間なのだから。
「無理だ、私はお前を相手にすることができない...」
九条撫子は、そう呟く。
「無理だ、私は...絶対に無理だ...」
九条撫子が諦めるのは、これで2度目。
1度目は、第2回生徒会メンバーの『神仏』人間甘言唯々諾々との戦闘で仕方がないとも言えるだろう。
ちなみに、人間甘言唯々諾々の七つの大罪は、九条撫子ごときじゃ見ることができていなかった。あまりにも強大過ぎるか、または人間ではなかったので、九条撫子には人間甘言唯々諾々の七つの大罪を見ることができなかったのだ。
智恵の七つの大罪は見えているが、智恵はその七つの大罪をコンプリートしていた。もっとも、小さな純粋な悪と言えるだろう。
「私は、離脱する...この戦闘から、離脱する...」
九条撫子はそう呟いた。そして、この校舎から姿を消して、四次元に帰っていく。
「なんだ...勝ったのか?」
「───わからない...でも、私の方を見て何か言ってた...」
「そうだな」
───とにかく、ともかくとかくあったがとやかく言うつもりはない。
村田智恵は、九条撫子を退けることに成功したのであった。
───九条撫子の西村誠への勝利が、敗北へと導かれていくような大きな亀裂が生まれることの発端になる。
***
俺は、誠に聴いたA棟4階を走る。そして、B棟から一番遠い美術室の中で、智恵と健吾を見つけたのだった。
「智恵、健吾!───と、うお!」
美術室の入口近くにあったのは、誰かの吐瀉物。俺は、それを不快そうな目をして飛び越えた後智恵や健吾と再会した。
「栄、よかった。怖かったよ...」
俺は、智恵と抱擁を交わす。
「───栄、その怪我は?」
健吾が、俺の背中の傷に気が付いた。まぁ、体操服が裂かれて血が出ているので仕方がない気もする。
「これは...まぁ、気にしないでくれ。それで、あの吐瀉物は?智恵、体調悪いのか?」
「いや、あれは私じゃなくて...」
智恵や健吾の説明によると、パイロットゴーグルを付けた人物がやって来た直後、吐いたようだった。
そして、その人物───俺が聞いた名前だと、九条撫子はもう帰っていったようだった。
まぁ、とりあえず今、ここは安全だろう。俺は、しばらくここに身を隠すことにした。