4月2日 その⑦
マスコット先生に連れられて、俺らは音楽室に入る。
「うへぇ...オーケストラかよ...」
これが、最初に口から出た感想だ。
教室の大半が、楽器に覆われている。楽器の量が多すぎて、教室に生徒全員が入りきれていないのだ。
「栄は、何か演奏できる楽器ある?」
「俺は無いかな...リコーダーができる程度?健吾はどうよ?」
「オレは少しピアノができるよ」
「へぇ...」
「んじゃ、誰かリサイタルでもしたい人はいますか?数人程度なら、演奏できますよ」
「お、健吾やってみなよ」
「そうだな、少し頑張ってみようかな...」
数人の生徒が手を挙げる。そこには、純介の姿も西村誠の姿もあった。
「みんな、楽器の教養があるんだなぁ...」
「では、どうやって人数を決めましょう...」
先生は、少し悩んでからPCを開く。すると、音楽室の壁にPCの画面が投影される。
「んじゃ、webルーレットで」
先生は、お決まりのようにwebルーレットを使用した。webルーレットがこのクラスのレギュラーになりかけている。
先生は、手を挙げた秋元梨花・安倍健吾・杉田雷人・園田茉裕・竹原美玲・西村誠・西森純介・森宮皇斗・結城奏汰の9人の名前をwebルーレットに書き連ねた。
「では、3人に演奏して頂きましょう」
そして、ルーレットを回転させる。選ばれたのは、森宮皇斗だった。
森宮皇斗は、男でもイケメンだとわかるほどの美貌の持ち主であり、謎の言語で田口真紀と会話をしていた人でもあった。
「では、何の楽器で?」
「何でも可能だ」
「「何でも?」」
思わず、その言葉に俺と健吾は驚きの声をあげてしまう。いや、俺以外にも驚きの声をあげたのはたくさんいた。
「では、ホルンにしましょう」
「わかった」
マスコット先生が提案したホルン。金管楽器の一種で、長く丸められた管があり、音の出口はかなり大きい。
音の出口の中は、完全なる闇であり中を覗き込んでしまえば、中に吸い込まれそう感じがする。
「───では、行くぞ」
森宮皇斗のそのかけ声。漏斗型のマウスピースを森宮皇斗は口に含む。ホルンは、ギネスに「世界一難しい金管楽器」として登録されいている。
”〜〜〜♪”
「───ッ!」
森宮皇斗の演奏に、一気に引き込まれた。先程まで皆が纏っていたざわめきを全て取り払った。
そして、自らの放つ音をざわめきの代わりに俺らに纏わせた。
心が、安らぐ演奏。
「この曲は───」
「───花のワルツね」
俺よりも先に答えを出したのは、俺の斜め前にいた竹原美玲だった。
『くるみ割り人形』の劇中・第2幕で使用される音楽。野原のように軽快だが、大海原のように広い音が響き渡る。それを、楽譜を見ずにやってのける森宮皇斗に一種の恐れすら感じる。
「───こんな演奏...できる人がいるなんて聞いてないわ...」
竹原美怜は一人、森宮皇斗に恐れ慄いている。いや、「おそれる」の字は、恐れるよりも畏れるの方が正しいだろう。
「ワタシじゃ...勝てない...」
竹原美玲は、自らのピアノが生半可であることを知った。
───いや、違う。竹原美玲のピアノだって決して生半可なものではない。
学生だとは思えないような演奏力を持ち合わせている。だが、目の前でホルンを吹いている森宮皇斗が異常なだけなのだ。ゲーム風に言うならば、環境破壊。もしくは、チート。数学的に言うならば、外れ値。
「───圧巻。これ以上も以下もねぇ...」
健吾も、森宮皇斗の演奏に圧倒されている。音楽の教養が、高校レベルしか無い俺には「巧い」ということしかわからない。
そして、森宮皇斗はホルンでの演奏を終える。
”パチパチパチパチ”
拍手。拍手。拍手。
拍手が、空間を埋める。称賛が、礼讃が音楽室を覆う。そして、誰の心にも「森宮皇斗は敵わない」という感情を植え付けた。
「余ならば、この程度当然」
森宮皇斗は、そう言うと俺たちと同じ群衆の中に戻った。
「さて、素晴らしい演奏でしたね。では、次の方の演奏に行きましょう」
選ばれる2人目。森宮皇斗の演奏の後での、演奏。
───演奏のハードルが上がりすぎている。
本来の演奏では、到底満足されないような空気が音楽室を渦巻いている。
「あの...ワタシ、辞退します」
竹原美玲が、手を挙げてそう宣言する。
「それは...負けを認めるということですか?」
「───ッ!」
一瞬、竹原美玲の美貌が歪む。苛立ちや、屈辱に竹原美玲は支配された。
「はい...認め...ます」
竹原美玲は、自らの敗北を認める。屈辱的な、自らを責め立てるような。そのような感じが言葉からも表情からも感じられた。
「他に、辞退者はいませんか?いないなら、ルーレットを回しますが」
誰からも、返事はない。
「では、ルーレットを回します」
そして、選ばれたのは秋元梨花だった。
秋元梨花は、茶髪でツインテールをした少女だった。出席番号1番の彼女だ。
「え、アタシですかぁ?」
秋元梨花は、ぷっくりとして淡い桜色をした自らの唇に手を当てる。
「はい、そうです。なんの楽器にしますか?」
「じゃあ、ピアノでぇ〜」
「わかりました」
秋元梨花はそう言うと、ピアノの前まで移動する。森宮皇斗の演奏を終わり、皆の集中力が散漫としている中の演奏。
「それじゃ、いきまーす」
───秋元梨花が選んだ曲は。
ピアノバトルなんてのも面白いかも?
選曲から技術・人望まで関係したピアノバトル。





