Last Battle その⑰
人生への挑戦者であり、抵抗者であり、尚且つ生粋の努力家であった九条撫子は、ホワイトボードに背中を打って尚、立ち上がるのをやめない。
勝負をやめない。
「───まだやるか?」
一言、誠が九条撫子に向けて問う。
「もちろんよ...私は諦めないわ。だって、負けず嫌いだもの」
努力家である九条撫子は、そう宣言する。
諦めれば、勝てない。ならば、諦めなければ勝てる。
彼女の考えは、いつだってこの二元論で成り立っていた。
そして、彼女は諦めたことがこれまでの人生で一度も───否、一度しかなかったので、彼女は全勝とも言える戦績だった。
彼女が「諦めた」のは、第2回生徒会メンバーの『神仏』人間甘言唯々諾々との戦闘であったので、諦めざるを得ないと言ってもいいだろう。
尚、彼女が全勝である理由はその圧倒的な運動神経と破壊力によって、相手を倒すことができるからだ。
九条撫子が、七つの大罪を持たぬ人間と戦うのは、今回が初めてなのであった。
「負けず嫌いか...そうだな。ならば、お前が飽きる相手をしてやろう」
「お前だなんて、偉そうね」
「俺は偉くもないし謙遜もしない。ただ、アナタの名前を知らないだけだ」
「そう言えば...お互いに名乗ってなかったわね」
「そうだ」
九条撫子と誠は、これだけ拳を交え───否、拳を振っては避けられて、反撃を食らう/食らわせるといった関係であったが、まだお互いの名前を聞いてすらいなかったのだ。
「では、俺から名乗ろう。俺の名前は西村誠。特技は...そうだな。時間稼ぎだ」
「自己紹介ありがとう、誠。私の名前は九条撫子。特技は諦めないことよ」
2人の視線は交錯する。そして再度、勝負が開始されるのだった。
***
"ドンッ"
まるで、戦車が砲撃しているような音が、森宮皇斗と大神天上天下の戦場からは響いていた。
2人が、その拳をぶつけると共に、そんな音が響くのだった。
「よぉ耐えなや。皇斗!ワイの拳に当たった人は皆、地球を3周するっちゅうのに!」
「地球3周?ふっ、面白い冗談だな。そして、笑えない冗談だ」
先程までは、沈黙が続いていた戦場───いや、拳が受け止められると同時に、ダンプカーが衝突したような音がなるのだから、決して沈黙が続いていたとは言えないだろう。
言葉が紡がれることのなかった戦場から言葉が出るようになったのは、人間甘言唯々諾々が戦闘に参戦して来た以降だった。
ここで戦っている2人の戦闘に、直接的な影響を与えることは無いのだけれど、それでも心の持ちようが変わったために、お互いに軽口を叩くようになったのだった。
───そう、ここにいるのは2人共猛者だったのだ。
生半可な強者なのではない。それ故に、人間甘言唯々諾々の真の強さがわかるのだ。
何もわからないような人物だったり、それなりの強さしか持たない強者には、人間甘言唯々諾々の「強さ」というのはわからない。唯の、変人に見えるだけであった。
だが、本当の強さと言うものを知っている猛者には人間甘言唯々諾々の「強さ」がわかるのだ。わかってしまうのだ。
人間甘言唯々諾々の持つ、人を超えたような力───まるで、神話に登場してくる全知全能の神のような、圧倒的過ぎる力を前に、自分の正気度を保つことが難しくなるのだ。
だから、口を動かして自分の正気度を保とうとするのだ。それが、お喋りをする所以である。
「───なぁ...天上天下。どうして、お前は強いのに生徒会に入ったんだ?」
「生徒会に入った理由?せやなぁ...他に裏切りそうな人が多そうやったからやな」
殴り合いを繰り広げながらも、皇斗の質問に冷静に答える天上天下。
この言葉が嘘か本当かは皇斗にはわからなかったけれど、天上天下の言うその言葉は真実だった。
***
───ここで、大神天上天下の昔話はしない。
今ここで話すのは、現在栄達のいる場所で───帝国大学附属高校で行われている戦闘のまとめであった。
ザッとまとめると、以下の人物が、戦っている。
森宮皇斗vs大神天上天下
宇佐見蒼・柏木拓人・杉田雷人・東堂真胡・中村康太・結城奏汰・渡邊裕翔vs猫又一心不乱
安土鈴華vs鼬ヶ丘百鬼夜行
森愛香vs柊紫陽花
西村誠vs九条撫子
西森純介vs深海ケ原牡丹
津田信夫vs人間甘言唯々諾々
主人公である栄と、敵の本陣であるマスコット先生が、現在戦闘を行っていないのは非常に残念だけれども、直接的な戦闘を行っていると、すぐに決着がつくだろうから仕方がないことではあるだろう。
マスコット先生は一時的な後退を選択し、栄は現在A棟4階に健吾と共に待機している恋人である智恵のところまで向かっている。
そして、稜は栄から取ってくるように任されたある物を持って、栄のところまで向かおうとしているのであった。
ここから、次第に勝負は佳境に入っていく。一つの亀裂が、大きな失敗を生んでいくのだった。
そんな中、四次元でその戦闘の一部始終を、まるでネット小説を読んでいる読者のように見ているのは、一人の人物であった。その人物は、一人でこう呟く。
「ふふふ...最後の仕事、頑張ってくださいよ...マスコット先生。アナタが勝とうと負けようと、私に取ってはどっちだって困らないんですから」