Last Battle その⑬
時間は現在に戻り、池本栄───俺は、B棟の入口に向けて走る。
一心不乱に背中を傷付けられて、流血している感覚があるけれど、俺は動くのを辞めない。俺がここで負ければ、他のクラスメイトにも問題がやってくるのだ。
「逃さんぞッ!」
マスコット先生が声を荒げて、俺の背中に向けて赤いボールを投げてくる。このボールにさえ当たらなければ、少なくとも負けることはない。
俺は、飛んでくるボールを横っ飛びで避ける。そして尚、走ることを辞めなかった。
マスコット先生の手元にあるボールは残り1つ。俺の手元にあるのは残り2つだ。
多分、マスコット先生は安易にボールを投げられないだろう。なんせ、次にボールが配布されるのは2人がボールを投げ終えた時。
それ故に、ここでマスコット先生がもう1球投げて俺に当たらなければ、マスコット先生を守るものは無くなってしまうのだ。
そうすれば、俺はマスコット先生から逃げるのではなく、マスコット先生を攻めるような方法を取るだろう。
人間甘言唯々諾々は、十字架に縛り付けられているからか、そこから動きそうにはなかった。そもそも、登場した際に十字架が地面に刺さっているのだ。
「動けないなら、本当に1発を守る壁役───」
そう思った、まるで瞬間移動したかのように───否、実際に瞬間移動して現れたのは人間甘言唯々諾々であった。
「───ッ!」
俺は止まることもできず、避けようとするも十字架の横棒に体をぶつけてしまう。
ゴンッと1度鈍い音が鳴って、俺はその場に倒れ込む。
「クッソ...」
頭がクラクラする。視界は歪み、尚且つチカチカしている。目眩を起こしていた。
「動け...」
背中の流血と、頭部の強打。立ち上がれない要因には、十分だった。実際、今も尚背中からは流血しているし、貧血による目眩もあったかもしれない。
「よくやった、唯々諾々!」
マスコット先生は、人間甘言唯々諾々を承諾するような声を出すと俺に向けてボールを投げて───
───パシッ。
俺にボールが当たる刹那、誰かが駆けつけたのかボールをキャッチされるような音が聞こえる。
俺は、目眩がしていて正確にその姿を見ることはまだわからない。が、その頭に響くような大きな声が、彼を象徴してくれていた。
「そんなストレート、ワイにかかれば見切れたもんや!」
俺に向けられて投げられたボールをキャッチした人物。それは───
「───津田信夫めッ!」
マスコット先生が出した悔しそうな声。そう、マスコット先生はこれで手元にあるボールを無くしたのだった。
俺は、目眩が収まって来たのでゆっくりと立ち上がる。十字架に縛り付けられている人間甘言唯々諾々のすぐ真横に倒れている俺を庇うように、キャッチャーのような体勢でいたのは、津田信夫だった。
「栄、大丈夫やったか?」
「信夫...ありがとう...」
目眩が収まった俺は、人間甘言唯々諾々の十字架の横棒に当たらないようにゆっくりと立ち上がった。
───と、俺は都合よく合流できたのだ。マスコット先生にボールを当てられるかもしれない、意外な人物───津田信夫と。
───が、彼の本領を発揮するにはまだアイテムが足りない。
「でも、大丈夫。一応指示はしてあるから...」
俺はそう言うと、体に付いた土を払うこともなく、慣れない足取りでA棟の方へ走っていく。
「信夫、付いてきてくれ!」
「おぉ?おう!ワイに任せときや!」
俺の言葉を聞いて、人間甘言唯々諾々を避けて俺の方へ付いてくるのは津田信夫だった。
「俺から逃げることを選択した?どうしてだ...」
マスコット先生はそう呟く。そう、今のマスコット先生はボールを持っていないから今はいくら接近しても、俺がボールを当てられる可能性と言うものはないのだ。
だからと言って、マスコット先生は俺を追うような選択はしなかった。
まぁ、追ってくるとは思っていなかったので、それでいい。マスコット先生は、A棟とB棟の入口を直線で繋いだ時の、中点の辺りで人間甘言唯々諾々と共に直立不動で動いていなかった。
「信夫、例のあれは?」
「そうやな...もうすぐ持ってきてくれるはず...って、来たで!」
俺と信夫は、A棟の入口の前まで到着する。そして、そこで合流したのはバットと野球のヘルメットを持った岩田時尚だった。
「信夫、これ。用意したよ!栄、大丈夫?ちょっと顔色悪いよ?」
「あんがとな、時尚!これでワイの本領発揮や!」
信夫は、時尚からヘルメットとバットを受け取る。
───そう、これが俺の用意していた作戦の1つだ。
信夫の持つ、野球のセンスを信じて、俺が投げたボールを信夫がバットで打ってマスコット先生にボールを当てる。それが、俺の用意した作戦だ。
ちなみに、A棟1階に、都合好くたむろっていた康太達は、マスコット先生を取り押さえるために用意していた兵力だった。まぁ、現在は一心不乱の相手をしているので、その作戦は利用できないが。
「信夫、お願いすっぜ?」
「もちろんや!」
信夫はそう言うと、野球のヘルメットを被る。そして───
「───見せてやるわ!ワイのさよなら逆転ホームランを!」
信夫は、気前よくそう言い放ち、バットを大きくスイングさせるのだった。