Last Battle その⑫
「さて、貴様ごときで妾の相手になるのかな?」
「それはこっちのセリフじゃ。後輩のくせに一人称が一緒だとは生意気な」
「意気地なしのお前に生意気と言われるとはな。笑止千万!」
グラウンドの一隅。そこで、誰にも邪魔されずに睨み合っているのは、2人のお嬢様。
一方は、第5回デスゲーム参加者の生存者で唯一、体操服を着ていない制服の姿の傲慢な少女───森愛香だった。スラッとした長い身に、豊満な胸と美貌を持つ愛香は、栄の頼み───否、己がそこにいたいから、目の前にいる人物と拳を交えることを決めていた。愛香は、金色の扇で自分の顔を仰ぎながら仁王立ちをして、もう片方のお嬢様と視線を交えていた。
もう一方のお嬢様は、第3回デスゲームの生徒会メンバーである金色のワンピースに身を包んだ女性───柊紫陽花だった。小柄ではあるが、女性として出るべき部分は出ていたし、彼女の金色の髪は地面に付きそうだった。紫陽花は、腕を組みながら仁王立ちをして、愛香のことを金の瞳で睨んでいた。
「随分と口達者な野郎だな...年下の身だが妾が矯正してやろうか?」
「その必要はないのじゃ。これ以上口達者になっても愚物な皆には伝わらないだろうからな」
「それはきっと育成であって矯正ではない」
言葉を交わす2人。決戦の合図は、お互いの一言だった。
「一週間ほど眠っていたらしく、体が鈍っている。貴様で妾のナイフを研がせてもらおうじゃないか」
「何を言って折るのじゃ。貴様はナイフを持っておらんではないか?それに、妾を舐めているのでおるのであれば教えてやるのじゃ。キレイな花には棘と毒があることを!」
その言葉と同時に、お互いが動き出す。
”ドンッ”
一度、車が衝突するかのような鈍い音がなる。愛香と、紫陽花の足が空中で交差していたのだった。
お互いワンピースであるので、本来であれば見えてはいけないワンピースたスカートの中身が外からは丸見えだった。
「妾の蹴りを止めるとは、よくやるのぅ。褒めて遣わす」
「おっと、妾が攻めたつもりだったんだが。貴様があげたその足は苦し紛れの防御ではなかったのか?」
「言ってくれる」
足を交差した状態で、そのまま足の方へ力をかけてくる紫陽花。
「───ッ!」
愛香は、その力に押し負けてその場に転げてしまう。
「まだまだじゃのぅ。鍛え足りぬ」
「───」
愛香は、何を返事をせずに、四肢を全て使って地面に着地する。そして───
「───何をッ!」
愛香はそのまま、体を回転させて両方の手を地面に付けて、そのまま足を使って紫陽花に強烈な蹴りを食らわせる。それは、まるでカポエイラのようだった。
そして、愛香は手を下にして足を上にしているので、スカートの中が丸見えになってしまっている。
しかも、見せパンなりオーバーパンツなるものは履いていないし、履くような性格でもないので愛香のパンツは丸見えになってしまっている。
「───うぐっ!」
紫陽花は、左腕を盾にすることで愛香の蹴りが胴に当たることを防いだ。だが、愛香の蹴りはかなり強力であるために、左腕はしばらく使い物にならないだろう。
「すまないな、貴様の汚物を触れたくなくて足で攻撃することしかできないのだ」
愛香はそう言うと、空中で1回転半して地面に2つの足で着地した。もう、スカートの中身については言及しない。どうせ見えているし、愛香達にとっては、そんな些細な問題は話題にすらならないのだろう。
まぁ、もちろん「見せてくれ」と頼み込んでも足蹴にされて終わりだろうが。
「中々やるではないか...小娘のぅ」
「そっちのほうがチビなのに妾のことを小娘と呼ぶとは...鏡を見たことはないのか?おっと、すまない。見えていないのは鏡だけでなく現実もだったな」
「確かに、妾はまだ現実を見れていないのぅ。そして、現実を受け止められてもいない」
紫陽花は、少し悲しそうな顔をしてそう呟いた。
───そう、紫陽花は気にしていたのだ。
まだ、忘れられていないのだ。靫蔓の死を。
紫陽花が、靫蔓に対して決して何も思っていないとは、この言動からしても思えないだろう。
言葉にするのであれば、紫陽花が靫蔓に対して抱いていたのは好意だった。紫陽花は、靫蔓に出会ってから10年以上、恋心を育んでいたのだ。だが、靫蔓が死んでしまった今、密かに静かに悲しみに暮れていたのだ。
好意とは口内炎だ。言わなければ、誰からも気付かれない。
心に秘めていたその愛情を誰にも言っていなかった紫陽花は、靫蔓が死んで尚「好き」だという言葉は言えていなかったのだ。
「───貴様、いい奴だろう?」
「───何がじゃ?妾は一度だって悪役に徹した覚えはないのじゃが」
そう口を開く紫陽花。実際、生徒会は、デスゲーム参加者の中にいるマスコット先生の協力者であり、他のデスゲーム参加者から裏切り者であり、悪役の印象が強いが、実際のところは「悪役」ではないところの方が多いのだ。
実際、これまで悪役のように振る舞った生徒会メンバーは存在しない。生徒会メンバーだって、立派な一人の人間なのだ。悪役になり得る可能性も十分にあるが、善人になる可能性も十分にあるのだった。
「───愛香と言ったか?」
「貴様に名前を呼ばれるとはな。そうだが、何か?」
「気持ちというものは、しっかり伝えた方が良いぞ」
「何のアドバイスだ?年上ぶって偉そうに」
「実際、年上だからな」
「ふん」
───そう言って、2人はマイペースに戦闘を続ける。2人だけの空間には、人間甘言唯々諾々の参戦さえも影響は与えられないようであった。