Last Battle その⑩
───同じく、人間甘言唯々諾々が、栄とマスコット先生の戦いに乱入してくる数分ほど前。
校門から見て、グラウンドの右側で拳と拳を交えているのは、第5回デスゲームが誇る真の天才に最も近いであろう天才──森宮皇斗と、第2回デスゲーム生徒会メンバーであり『傑物』と異名を持つ狼の被り物をした和服を着た人物───大神天上天下だった。
お互い、一歩も引かない攻防を、この短期間で繰り広げていた。余計な会話は省かれて、お互いの肉体を激しくぶつけては、相手を倒す方法を思案している。
大神天上天下が右の拳を振るえば、皇斗はそれを左腕を使って受け流し。皇斗が右の拳を振るえば、大神天上天下は、それを左手で制止する。
乱打に次ぐ乱打。
両者一向に止まる気配の見えない拳。拳がぶつかると同時に、ドンッドンッと、大太鼓が叩かれるような、そんな低く鈍い音が2人の体躯の芯から響いていた。
この2人の戦場に乱入できるような強者は、第5回デスゲームの参加者にはいなかったし、過去の生徒会メンバーは、大神天上天下に助けがいらないことを知っていたがために、誰かが2人の戦場に入り込むことは無いに等しかった。
生物は、体で理解できるのだ。この2人の戦場に入るのは自殺行為だと、火を見るよりも明らかだと本能が警鐘を鳴らすのだ。
もしかしたら、ここで第5回デスゲームの誰かが入り込んでしまってたら、それが機転として皇斗が敗北を喫する可能性もあった。皇斗にとって、第5回デスゲームに参加している人物は、全員自分より弱い生物だったのだ。
───いや、それどころか第4回デスゲーム生徒会メンバーだって、第3回デスゲーム生徒会メンバーだってそうだったのかもしれない。
第3回生徒会メンバーである廣井大和や、鬼龍院靫蔓が参加した第3ゲーム及び第4ゲームにて繰り広げられた彼らとの乱戦には、皇斗は直接的な参加をしてはいなかった。
いつも銃後で、栄にアドバイスをしたり指示をしたりと、安全な位置で声をかけていたのだった。
それは、「栄ならば勝てる」という皇斗の確信があったのか、それとも皇斗が自分に匹敵する相手だと第3回生徒会メンバーの彼らのことを思わなかったのか。皇斗の腹中は皇斗にしかわからなかった。
───が、今回は違う。
今回、皇斗は栄におねがいされてもいないのに───いや、栄が全員に向けてマスコット先生に対抗するための演説をしたものの、皇斗個人に対して栄はお願いをしていないのにも関わらず、皇斗は自分自身で行動を開始した。
栄を守るために、猫又一心不乱を軽々と校舎の方へ投擲した後に、大神天上天下とのサシでの勝負を自ら申し出たのだ。
その理由としては2つが考えられる。
1つ目としては、大神天上天下が自分に匹敵する相手であろうと───正確には、自分を満足させることができる相手だろうと直感で理解したということだ。
そして考えられる理由の2つ目は、大神天上天下は自分を除いた第5回デスゲーム参加者全員が力を合わせても、勝利を掴むことが出来ないほどの脅威だと、理性で理解したということだ。
実際、人間離れした皇斗に対応して、まだ余裕を見せている大神天上天下は、栄達では大抵相手にならないような、それこそプロのボクサーでも一瞬でコテンパンにされてしまいそうな実力を持っていることは明らかだった。
この圧倒的すぎる強さが理由で、本来であれば相対的なものなのにも関わらず絶対的な強さが理由で皇斗が戦場の第一線に登場したのは十分に納得できるような理由だった。
きっと、先述した2つの理由の両方が、皇斗の心中には存在していただろう。
───と、皇斗が自分の方向へ飛んでくる無数の拳を見分けて見抜いて、一瞬の隙を手に入れた。
常人であれば、攻撃しようと思うどころか、その「隙」があることさえも気付かないような、瞬きするよりも短いような、刹那をも超える一瞬。
皇斗は、自らの方に飛んできた天上天下の左腕を、右腕の肘で少し上空に打ち上げて、天上天下の体の内側に吸い込まれるように入っていく。
「───なんやて」
驚きの言葉をこぼす天上天下。もちろん、次の一撃で天上天下が皇斗に殺される───ということは有り得ないだろう。
「───」
”ドンッ”
車が壁に突っ込んだ時に聴くような音が、天上天下の腹部から聞こえる。そして、天上天下は体を「く」の字に曲げた。
───耐えた。
そう、耐えたのだ。天上天下は、皇斗の腹部へのパンチを後ろに吹き飛ぶこと無くその場で耐えきったのだ。
「ジブンの拳はその程度か?」
「───ッ!」
皇斗は、自分の命の危機を感じて後ろにひとっ飛びをして離れる。天上天下は、お返しに腹パンを食らわせようとしていたようだが、皇斗が一瞬の判断で後ろに逃げたことによって、それが何かにぶつかることはなく、ただ虚空を切り裂いただけだった。
「危ないな───ッ!」
その時。
この世界に突如として現れたのは、皇斗の眼の前にいる天上天下よりも、何千倍も───否、何億倍も強いであろうと予測がつく人物だった。
皇斗は、その人物が現れたと同時に「自分では勝てない」とそう認識した。その現れた人物は皇斗の近くではなく、数十メートル程遠くに───栄やマスコット先生のいる方向へ現れていた。
「おいおい、人間甘言唯々諾々の登場かいな!」
天上天下さえも、人間甘言唯々諾々の登場に関しては驚きが大きいようだった。そして、天上天下は皇斗に問いかける。
「皇斗言うたか?ジブンはどないする?ワイとこのまま戦うか?それとも、仲間を助けに死にに行くか?」
天上天下との戦いをこのまま続行するか、絶対的に強い天上天下よりも何億倍も強いであろう人間甘言唯々諾々の相手をして、死亡するかの選択を、皇斗は迫られる。
「余以外に、お前の相手をできる人物はいない。ならば、お前が暴れようとここで、今さっき現れた人間甘言唯々諾々という奇怪な名をした人物が暴れようと、栄達にとってはどちらも災害のようなもので対処ができない。ならば、相手にならない程強いであろう人間甘言唯々諾々のところへ行って無駄死にするよりも、お前と戦って少しでも時間を稼いだ方がマシだ」
皇斗は冷静にそう答えた。
「その答えを待っとった!」
天上天下は、皇斗の答えを聞いて握り拳を見せつける。
───まだまだ、森宮皇斗と大神天上天下の戦いは続いていくようだった。