Last Battle その⑦
「よかった...愛香。目覚めたんだな」
「なにがよかった、だ。貴様が目覚めさせたのだろう?全て、マス美先生に聞いたぞ」
「愛香の力が必要だからだ」
「ふん、女誑しが」
───そう、俺は愛香を目覚めさせていたのだ。
***
グラウンドからB棟の4階にある生徒会室に移動するまでに、俺は保健室に一人で立ち寄っていた。
智恵に「信じてるからね」なんて言われて、これから愛香にキスにしようとしていた俺の心が痛くなっていた時だった。
「あら、栄。もしかして、お母さんに会いに来てくれたの?」
「いや、違う」
「ガーン」
俺は、マス美先生のことを無視して愛香の眠っているベッドに移動する。
「キスすれば、起きるんだよな?」
「えぇ、そうよ」
「信じるからな」
俺はそう言うと、愛香の唇に自分の唇を当てる。そして、すぐに離した。
「目覚めなかったら、怒るからな」
そう言って、俺は保健室を出て生徒会室へ向かっていった。
───そこからは、既に俺が語ったことのある準備だ。
***
どうやら、マス美先生の「キスをしたら目覚める」というのは嘘じゃなかったようだ。愛香とキスをしてしまったという既成事実ができてしまったが、背に腹は代えられない。
「愛香、コイツを───柊紫陽花を頼めるか?」
「どうして貴様が命令しているのだ?妾の従僕になる予定の男が、どうして妾に命令しているのだ?立場を弁えろ」
「栄、妾から逃げると言うのか?妾がそれを赦すとでも?」
一人称が「妾」の2人がぶつかっている。文字だけじゃ、どっちがどっちの発言かわかりにくい。
というか、一人称が「妾」の人物が被るなんてことあるのか───なんて思ってしまった。ここは舞踏会か。
───いや、武闘会だ。間違いない。
「見つけましたよ、栄ッ!」
「───ッ!」
そんなことを言って、赤いボールを俺の方に投げてくるのはマスコット先生。歌穂は、敗北してしまったようだ。
まさか、殺してはいないだろうな。
「クッソ、ここでマスコット先生の相手かよ!」
3つの場所で、乱闘が起こっているグラウンド。ここで、ボールを投げ合っていると何かが相俟って戦闘に被害が出てきそうだ。
迷惑にならないためにも、迷惑をかけられないためにもここから移動した方がいいだろう。
次に目指すならば、どこがいいだろうか。
「───そうだ、智恵を」
そう。今、智恵を狙って行動を開始している第3回生徒会メンバーの九条撫子がいる。智恵を助けに行かなければならないだろう。
「健吾と誠が智恵と一緒に行動してるけど...」
行かない理由にはならないだろう。なにせ、恋人の危機だ。
俺は、マスコット先生が3球目を投げたことを視認する。もちろん、俺はそれを避けた。
「───やはり、当たらんか...」
俺は、マスコット先生に接近する。そして───
「くらえッ!」
俺は、その言葉だけを残してマスコット先生の横を通り抜ける。
「クソッ!」
マスコット先生は、俺の言葉に騙されて、避ける動作だけをしていた。俺は、近いB棟の入口に向かって走る。A棟とB棟の移動で、もしかしたらマスコット先生を撒けるかもしれなかった。
───と、思いA棟の中に入ろうとすると。
「獲物を見つけたにゃ!」
「───ッ!」
忘れていた。A棟の1階には、康太達が第2回生徒会メンバーである猫又一心不乱と戦っていたのだ。
一心不乱は、猫のように細くなった瞳孔をギラつかせて、俺に特攻してきた。もちろん、何も持っていないわけではない。武器となるのは、その猫も顔負けの爪だった。
「栄!」
俺は、同じく一心不乱と戦っているのであろう拓人の声を耳にする。目の前には一心不乱。後ろには、ボールを持っていないものの俺の敵であることは変わりないマスコット先生。
前門の虎、後門の狼と言えるだろう。
───いや、違う。
これならば、勝てるかもしれない。
そう、無理にこの場から逃げようとする必要はない。このラストバトルは、マスコット先生を倒してしまえば終わりなのだ。俺の方向へ向かってくるマスコット先生。俺は、振り向いてボールを投げた。
背中の傷は剣士の恥らしいが、俺は剣士ではない。それに、背中の傷は皆をかばった名誉の傷だ。
「今度こそッ!」
俺は、マスコット先生に対して唯1つ手元にある青いボールを投げる。俺の後ろに迫ってきている一心不乱の爪は避けない。避けられない。
───が、マスコット先生にボールが当たれば勝利できるのだ。
俺が投げたボールは、正確無比にマスコット先生を捉えて、マスコット先生にボールが当たる───
───ことはなく、突如俺とマスコット先生の間に現れた赤い十字架によって弾かれたのだった。
「んな...」
俺の視界を埋め尽くすように現れた十字架。その十字架に張り付けにされていたのは、一人の男性だった。
「───嗚呼。三次元は久々だな」
十字架に張り付けにされている男性は、口を開く。
───が、その顔の皮膚は全て剥がれて無惨な姿になっているのであった。
「お...お前は...」
俺は、目の前に現れた青い3つのボールを手に持ってから、目の前に現れた人物の声を聴く。その人物は、こう名乗った。
「俺の名前は、人間甘言唯々諾々。池本朗の狂信者であり、第2回生徒会メンバーだ」