5月14日 その㉕
俺がディスクに貼り付けたリスク。それは「退学する」というものだった。
「退学する...そんなの有りなのか?」
「常識的に、一般的に考えてみてくれ。退学して、いいことなんかあるか?」
そう、俺が書いたのは「転学」でも「引っ越し」でもなく「退学」だった。何か、自分以外が原因でどこか遠くに移動するのではない。自分が原因で「退学する」のだ。
「確かに、いじめが原因で───とか言う理由で退学するならば利益になるだろう。だけど、一般論じゃ高校退学───要するに、高校中退はマイナスなんだ。だから、問題ない」
「それはそうだが...」
「池本栄君」
マスコット先生が、俺の名前を呼ぶ。
「マスコット先生、俺は何か間違えていますか?もしかして、退学は利益だとか言うんですか?」
「いいえ、間違えていませんし退学は確かに不利益です。それこそ、退学が利益だなんて言ったらサイコパス診断だとか水平思考クイズのようになってしまいます」
「そうだろう。ならば、退学だって認めてくれるよな?」
これが成功すれば、現在コートにいる全員は少なくともデスゲームから抜け出せることができるだろう。
アウトになってしまった稜や純介・紬には悪いと思う。
だが、それは成功すればの話だった。
「池本栄君。理論が通っていれば、私が退学を許すとお思いで?」
「おっと、先生。違うんですか?俺は第5ゲームのルールには反していません」
「そうですね。第5ゲームのルールには反していません。でも、退学は許されるような行為ではないんですよ」
「そうですか。でも、そんな記載はどこにあるんですか?校則にも生徒心得にもありませんよ?まさか、私の頭の中───だなんて言いませんよね?」
「言わせていただきます。私の頭の中にあります」
「そんな理不尽、許されるとでも?」
「デスゲームは最初から理不尽なものですよ」
俺とマスコット先生の押し問答。ああ言えばこう言うマスコット先生。売り言葉に買い言葉。水掛け論でありいたちごっこ。
───だが、確かに俺の作戦は実行されていた。
「マスコット先生...それは困ります。そんなに退学が嫌ならば...せめて、公平にしてくださいよ」
「ほう」
「このゲームで退学になる生徒が一人増えるごとに、もうアウトになった人のリスクをチャラにしてあげてください。いわば、個人に対する徳政令です。退学を無しにする代わりに、誰か一人のリスクを無しにする───それならば、文句はないでしょう?」
マスコット先生は、やっぱり「退学する」というリスクを認めはしなかった。
だが、俺はそれまでも作戦の内だった。どうにかして、マスコット先生を丸め込むのだ。
「それはルール13に───」
「いいえ、大丈夫です。ルール13の記載は次の通り。13:死亡したなどのリスクをくだされない/くだせない/くだすまでもない状態になった際は、リスクが免除される───です。今回は、そのリスクをくだされない場合になるのでは?」
「そう、そうですね...」
マスコット先生が、少し考え込むような仕草を見せる。どうにかして、このまま皆を生かす方法を取らなければ。
「そうだ!デスゲームに参加している全員が納得すればどうですか?」
俺は、マスコット先生に提案する。だが、マスコット先生は何も返事をしない。
「鈴華!ここはちょっと協力しよう。遥を生かすためにも、全員を生かすためにもここは退学するをお互いに投げ合おう!それなら、俺達が負ければ全員を救えるし、退学もチャラにできる!それに、遥の命だって救えるはずだ!winwinだと思うけど...どうかな?」
「そうだな。オレも覚悟はしたが、無益な殺生は無駄だと思っている。オレが望むのは、拳と拳の殴り合いだ。こんなディスクの投げ合いも、マスコット先生がくだす制裁も、オレはあまり楽しくないからな!皆も問題ないだろう?」
「特にはないわ」
「ワタシもないわ!」
「皆を救えるのなら...」
「皆に賛成よ」
「だそうだ。問題ないぜ」
「皆も問題ないだろ?」
「えぇ!」
「もちろん!」
「オレは栄に着いていくぜ!」
これで、デスゲームのコートに残っている人物は全会一致だった。更に、武器が増えた。
「マスコット先生、こっちは全員納得しています!俺の案を飲み込んでください!」
マスコット先生は、悩みに悩んで悩み抜く。
「───しょうがないですね...わかりましたよ...」
「───よし...」
マスコット先生は、どうやら納得してくれたようだった。これで、四肢を失うはずだった稜や純介も、死ぬはずだった紬も、五感の殆どを失うはずだった歌穂も救うことができる。
───と、思ったら。
「わかりました。退学を認めることにします!」
「───んな...」
「マジかよ...」
「そんな...」
マスコット先生が、退学を認めてしまう。これじゃ、先程までの案は破綻してしまう。
マスコット先生の笑みが上がる。マスコット先生は、俺の作戦を全てぶち壊して来たのだった。
ゲーム運営だって、ここで退学を許可することで、色々と被害があるだろう。それこそ、美緒が全世界にそれをばら撒く可能性だってある。
───と、思っていたら。更にマスコット先生は言葉を追加する。
「そして、ここで校則をGM権限で追加します!『校則第32条 退学となった人物は、全員一律に死亡する』!」
マスコット先生が追加した校則。それは、全てをぶち壊すようなものだった。
───このままでは、何もかもを失ってしまう。どうにかしなければ。