5月14日 その⑯
菊池梨央───ワタシの握力が無かったのは、先天的なものだった。
決して、病気などではなく体の構造上物が掴みにくかったり、手指に力を込めにくかったりしたのだ。
非常に不便で、ワタシは中学校に入学する前まで箸などは使えずに、スプーンとフォークの持ち手に布を巻いて上手く持ちやすいように工夫していた。
それに、勉学をする時だって、鉛筆やシャーペンなどは上手く手に取れなかったので、選択問題はシールを貼ったり、記述問題は言葉で朗読する───なんて方法で上手くやり繰りしていた。
中学校に入学してからは、一人一台学校からPCが配布されたから、タイプでなんとかなった。
───筆記することができず、筆算なるものができなかったので、暗算が得意になったのは利点と言えるだろうか。
幸い、ワタシの握力が皆無であったことに、周りは寛容であってくれたので、ワタシはだれかからいじめられる───だったりという人生を棒に振るような行為がワタシに理不尽に襲い掛かるといったことはなかった。
だけど、ワタシ自身、自分がそれなりに「不幸」だと思っていた。
握力が無くて、普通とは少し違う、不便な生活を強いられる───周囲から見たら可哀想な女の子であるだなんて思っていた。
でも、実際はそんなことなかった。ワタシは、全然不幸じゃなかったのだ。
周りから、自分のことを認められて、助けてもらえていたワタシは全然不幸なんかじゃなかったのだ。それどころか、周りから助けてもらえていた分ワタシは幸運だったのだ。
それを察したのは、ワタシがデスゲームに参加したその日だった。
ワタシがその日に出会った3人は、ワタシなんかよりも何十倍も壮絶な人生を歩んできていたのだ。
一人は「生きること」が憚れるような、人に話すことができないような───自分から率先して「死」を手に入れたくなるような過去を持つワタシより一切年上の少女。
また一人は、幼い頃に両親を無くしており、たった一人の残された姉と一緒に何年も暮らしてきていた少女。
最後は、片親であるのにも関わらず、母親から無視され続けて「愛」を誰からも受け取ることができずに、自分を偽ってピエロのように生きていくことを選択した少女。
その3人は、ワタシなんかよりも何倍も不幸で、何百倍も辛い思いをしてきていたのだ。ワタシは、不幸を気取っていただけだったのだ。
助けられていたから、不幸などではなかった。支えられていたから、苦労などではなかった。救われていたから、悲劇などではなかった。
デスゲームを経て、ワタシの、人生の考え方は変わったのであった。
───と、どうしてこうも唐突に昔を思い出しているのかと言うと。
それは、ワタシの弱すぎる握力が契機となってワタシの所属するブルーチームが、第5ゲームの予戦である『投球困窮四面楚歌』の敗退が決定し、第5ゲームの本戦である『キャッチ・ザ・リスク』の参加が決定したからであった。
ワタシのミスで、ワタシを含めた8人を死に近付けてしまったのだった。
甘やかされて育てられたツケがついに、やって来たのだった。
───きっと、ワタシは第5ゲーム本戦で死亡する。
***
「ごめん、皆...ごめん」
梨央の泣き出しそうな声が聞こえてくる。梨央がアウトになったことによって、俺達ブルーチームの内野だった部分も「外野」に変貌したのであった。
待ってましたと言わんばかりに、梨央の足元から裕翔がボールを取って皇斗へと投げていた。
「梨央、大丈夫か?手、痛くないか?」
心配する声をかけるのは稜だった。
「稜、ごめん。ワタシのせいで...ワタシのせいで!」
梨央は、その場に崩れて倒れる。そして、その目から涙を流した。
「梨央は悪くないだろ?」
「そうよ。梨央の握力が弱いことは私だって知ってるし」
「そうだよ!相手が強かったからしょうがないって!」
「でも...でも!皆が本戦に参加することになっちゃった!」
そう、俺達は第5ゲーム本戦『キャッチ・ザ・リスク』への参加が決定してしまったのであった。
だけど、それは完全に梨央が悪い───などと言ったことはない。ただ、最後に当たったのが梨央であっただけで、梨央が悪者ではないのだ。
全員当たってしまったのならば全員が悪いのだし、それに今回は相手だって皇斗に康太・鈴華など強敵も多かった。負けても納得がいく錚々たる顔ぶれだったのだから、負けても仕方がないのであった。
「梨央は悪くない。大丈夫だ。それに、第5ゲームだって生き残ればいい話だろう?」
「でも、それじゃあ他の誰かが死んじゃうじゃない!」
「───」
梨央の言葉に、俺達は言い返せなかった。もし、次の第5ゲーム本戦『キャッチ・ザ・リスク』が、チーム戦であり敗北したチームが死ぬ───と言ったものであるならば、確実に死んでしまう人物が出てくるのであった。
梨央は、自分のせいで誰かが死ぬ───というのが許せないのだろう。
自分は加害者でも被害者でもなく、傍観者がいい───そんな、少し我儘な意見であったのだ。
「梨央、お前は優しいな」
「───ん、」
梨央の頭を撫でるのは稜。そして、その場に泣き崩れて座っていた梨央に向かって微笑みかけた。そして───
「梨央、大丈夫だ。俺が、誰も死なない方法を考えてやる。だから、安心しろ」
俺が智恵にとっての王子様であったように、稜もまた、梨央にとっての王子様なのであった。