4月2日 その②
シャワーを浴びるも、気分が晴れることはなかった。
「───外に、出てみるか」
一日が始まったばかりと言うのに、こんな陰鬱とした気分じゃいけないと思い、俺は外に出た。
遠くの、寮の入口近くに人影が見える。俺は、それに近付くことにした。
「あ、栄...君。おはよう」
そこにいたのは、智恵だった。好意を寄せる人との、思わぬ邂逅に俺の心臓の鼓動は早くなった。
***
村田智恵───私は、悪夢を見た。
週に2回か3回は見る悪夢。何度見ようが、慣れることはない。
想像の2倍か3倍は軽く超えるような恐怖が私を襲うのだ。
見るのは、こんな悪夢。
───気付いたら、私は暗闇の真ん中でポツンと一人孤独に立っている。
そして、そんな私を追いかけるように後ろから無数の人の手が迫ってくる。でも、見えるのは手だけだ。
人の姿は全くと言っていいほど見えない。
「振り向いてはいけない小道」のような感じで、手が襲ってくるのだ。
私は、その手から逃げる。捕まったら、何をされるのかわからないから。
恐怖に煽られながら、私は走って逃げる。
毎回、体力が無くなったところで目の前から光明がやってくる。
その光明から、一本の手が伸びてくるのだ。まるで、私を暗闇から助け出してくれるかのように。
私は、縋るようにその手に飛びつく。
───追いかけられていたのは、手。
私が飛びついたのは、光と共にやってきた手。
「手」というところでは全くを持って同じだ。光は、全くのフェイク。
私を捕まえるための罠だったのだ。
そして、私の思い出したくないような記憶が思い出される。彼氏に暴力を振るわれた挙げ句、裏切られ。
光は、私が求めたものの幻覚だったのだ。最初から、光など私の人生には差し込んでいなかった。
───と、いつもはこのような感じの夢を見る。
でも、今日は違った。
光と共に手が伸びてきたのは同じだった。私が、その光に手を掴もうとすると姿の見えない誰かに妨害されたのだ。
見えない誰かにタックルされ、そのまま引きずられる。どこに連れられていくのかわからなかった。
───でも、突如明るくなった。
見えない誰かの顔が、見えるくらいの明かりが差し込んだ途端夢が終わった。
私は、目が覚めたのだ。ベッドはグッショリと濡れていた。
「シャワー...浴びないと」
妄言のような感じで私は呟き、シャワーを浴びた。
浴室の鏡には、誰も映っていなかった。
───いや、きっと自分自身が映っていた。でも、私はそれを認識しなかった。認識したくなかった。
私の過去が、「それ」を認めさせてくれなかった。
「それ」って、何かって?
───好きな人を、いっちょ前に好きになること、だ。
「うぅ...」
私は、浴室で屈み込む。浴室の床には、少し長い髪の毛が1本落ちていた。
濡れた、私の髪が首筋に纏わりついた。
自分の過去から、逃げたかった。でも、逃げることが認められなかったから、逃げられなかった。
「私は───」
───どうして、こんなダメダメなのに両親からはあれほどに溺愛されたのだろう。
答えのない疑問に、答えを求めた。
鏡は、立ち上がった一糸まとわぬ私を、嘘偽りなく映していた。太腿には、血が伝っていた。
「───今日は、2日か。そりゃあ、悪夢も見るわけだ」
悪夢を見る理由がほしかった。
「生きているから」という理由とはまた別の、虚偽の理由が欲しかった。そうでもしないと、私は死んでしまうような気がして。
シャワーを浴びて、着替えた私は外に出ることにした。自分の部屋にいたくなかったからだ。
「───」
外に出て、深呼吸をした。数十メートル先から、誰かが歩いている音が聞こえる。
音のする方向を見ると、そこには池本栄がいた。
「あ、栄...君。おはよう」
「智恵、おはよう」
そう、栄は優しく微笑んでくれた。それだけで、今日一日が頑張れるような気がした。
───こんな、独善的な愛に縋っても後悔するのは自分だということは、身に染みてわかっていたのに。
***
俺は、智恵と少し外で喋ったら気が楽になった。
「今日一日も、一緒に頑張ろうな」
俺は、智恵にそう言った。
智恵は一瞬、キョトンとした顔になるも嬉しそうに頷いた。
「んじゃ、そろそろ寮に戻らないと」
「ん、わかった」
俺は、寮に戻って無料で配信されている朝食を食べる。喉が、食事を受け付けているならまだ生き残れるだろう。
時刻は、7時45分。
「んじゃ、そろそろ学校行きますか」
「そうだね」
健吾の提案を、俺達は了承する。皆の表情は、どこか暗いような気がした。
いや、デスゲームに巻き込まれて明るい表情をしている人のほうが精神に異常を感じてしまうのだけれど。
俺達は、制服に着替えて教室にへと向かった。
教室に行くと、目に入ったのは十数名の生徒だ。つい、俺は智恵のことを探してしまう。
───だが、見つからない。まだ来ていないようだ。
「今日は、何をするのかな」
「クエスチョンジェンガみたいなのが毎日続くと、オレ精神持つ気がしない」
「ぼ、僕も」
健吾と俺の席の近くで、4人でそんな話をする。もちろん、チームCの4人だ。
教室を眺めてみると、大体が数人でまとまっている。チーム分けで仲良くなったのだろう。
「他の人とも、仲良くなりたいね」
「あぁ、そうだな。誰か声でもかけてみる?」
「そうだね。まず、男子の友達の輪を広げていきたいね」
「あ、うん。そうだね」
そんな、会話をするも他の人に話しかけるようなフレンドリーさの積極性は、俺と純介にはなかった。だから、稜と健吾に任せることとした。
───まずは8番の席に座っていた柏木拓人と、その隣りにいた東堂真胡に声をかけてみた。





