5月8日 その⑧
「愛...香?」
保健室にいたのは、昏睡状態の愛香であった。そして、布団から出された腕には色々なチューブが付けられていて絶えず液体が体に注入されていた。
「嘘、嘘だろ?」
愛香は、5月6日の夜中に靫蔓と共闘してマスコット先生を倒す───という作戦を企てていた。
次の日、マスコット先生がピンピンしていて、尚且つ靫蔓が大怪我をしていたために勝利したのはマスコット先生と予想ができたのだが、愛香はこんな状態になるまで追い込まれたというのか。
いや、あれだけの強さを保有する靫蔓でさえ包帯でグルグル巻きにされるほど強い相手であることはわかっていた。靫蔓よりも、戦闘力としては弱いであろう愛香は、ここまでひどい状態に追い込まれたというのだろうか。
愛香は、主催者にいる人物の娘であることが、さっきの話で明らかになった。だからなのだろうか。
知人の娘だから、何をしても大丈夫と思っていたのだろうか。
死ぬと、デスゲームから退場になってしまうためギリギリ死なないくらいに手加減されていたのだろうか。
「母さん...いや、マス美先生。愛香は、愛香は治らないんですか?」
「今は治療中よ」
「治療中なのはわかってる!愛香は大丈夫なのか?」
「大丈夫か大丈夫じゃないかで言ったら、きっと大丈夫じゃないわ。愛香さんはしばらくは目を覚まさないと思うわ」
「そんな...これも、マスコット先生が...俺の父さんがやったのか?」
「えぇ、そうよ」
俺は、腹の底からフツフツと怒りが湧き上がってくる。愛香を───俺の仲間を傷つけて、俺の友達を傷つけて、よくもまぁヘラヘラと生きていけるじゃないか。
俺は、マスコット先生が、GMが、自分の父親が許せなかった。
「───あのクソ野郎...」
俺の口から、そんな言葉がこぼれ出る。どうにかして、マスコット先生に勝利したい。
「栄君。このまま治療だけを行えば、治るのは早くても数カ月後。でも...」
「でも?」
「女の子は皆、王子様からのキスがあれば目覚めるのよ」
「───はぁ?」
マス美先生の───自分の母親が言うことに俺は耳を疑った。王子様からのキス?何を言っているんだ。
「女の子は、産まれたときからシンデレラ!だから、王子様のキスで目が覚めるの!」
「王子様のキスで目が覚めたのは白雪姫では?もしくは眠り姫」
「細かいことはどうでもいいの。女の子は皆お姫様ってことを言いたいの!」
「今は、真面目な話をしているんですよ?」
「えぇ、真面目ば話よ。ギャグパートじゃなくてシリアスパート。愛香さんは、王子様のキスで目を覚ますわ」
「───その、王子様ってのは誰だよ?」
「栄君。あなたよ」
「はぁ?!」
俺は、思わず保健室だと言うのに大きな声を出してしまった。どうして、俺が王子様になるのか。
いや、俺は愛香の暗闇で握ったりして何かといい関係を築いては来ていた。でも、俺には智恵がいるのだ。
そんな、浮気のようなことは智恵に内緒にしてできるわけない。
「ていうか、俺のキスで、本当に愛香の目が覚めるのかよ?」
「もちろん」
「俺が愛香とキスをしたという既成事実を作りたいだけではなく?」
「随分と疑うわね...違うわよ」
「そもそも、俺に智恵という名前の彼女がいることはわかってるよな?」
「もちろん」
「じゃあ、俺が智恵以外の女と安易にキスをするような性格じゃないこともわかってるよな?」
「もちろん」
「じゃあなんで!」
「なんでもなにもないわ。女の子だからって言ってるじゃない。女の子は皆、王子様のキスで目覚めることを望んでいるのよ」
「───そうか。ちょっと、考えさせてくれ」
俺は、今この場では愛香にキスすることを保留にした。このことは、しっかり智恵と話し合わなければならないだろう。俺だって、智恵に刺されたくはしたくない。
それに、愛香だってそれは喜ばしいことではないだろうから。
「今日は、もう家に帰る。じゃあな、母さん」
「怪我しなくても、来ていいからね」
俺は、小さく手を振る母親のことなんか見ず、そのまま寮に戻った。
今日だけで、色々な人と話し合った気がする。そして、問題もかなり増えた。
まず、蓮也のこと。そして、両親のことに愛香のこと。
靫蔓関連の問題が解決したと思ったら、かなり問題が増えてしまった。
両親とデスゲーム関連の問題は、ある程度同じにできるとしても、愛香のことと蓮也のことは個別で対応しなければならないだろう。
母さんは、俺のことを愛香の「王子様」と言っていたが、それが事実かどうかは俺にはわからないし、母さんにもわからないだろう。
それに、王子様のキスが怪我を治すわけではない。
「なんだかなぁ...」
デスゲームが非現実的なことは重々承知なのだが、それでもキスをしたら目を覚ます───ということはピンとこない。
俺は、色々な不安や心配事を抱えながら、今後もデスゲームを生き残ることになるだろう。
───と、こうやって色々と問題を考える間も刻一刻と近付いてきたのは第5ゲーム。
───そして、学生生活の醍醐味でもあるだろうイベント、球技大会であった。