5月8日 その⑦
マスコット先生こと、GMこと、俺の父さんとの話し合いを半ばキレた状態で終わった俺は、そのまま保健室に向かた。
俺の父さんの言うことには、保健室には森愛香と俺の母さんがいるらしかった。
父さんはこんな人格が破綻しているような性格をしているのであるが、母さんはどんな性格をしているのだろうか。
そんなことを思いながら、階段を降りて保健室の前に到着した。
「失礼します」
そう言って、保健室の扉を開けると───
「───あら、栄君」
そこにいたのはマス美先生だった。
「マスコット先生から話は聞きました。隠さなくてもいいですよ」
「あら、そう。あの人が言ったってことは無理に隠さなくてもいいってことね」
その刹那、俺に接近してきたのはマス美先生───の懐に持たれていたナイフであった。そのナイフが、俺の眼球ギリギリにまで突きつけられていたのであった。
保健室のドアを閉められ、俺はそのドアに背中を付けるような体勢になる。マス美先生は、被り物の状態でこちらを見ていた。
「───ひ」
「栄。あんな女にうつつを抜かしていちゃ駄目じゃない。あんな一般人と結婚するなんてこと、許さないわよ?」
「───」
マス美先生も、随分と狂ったような人だった。まず、普通の人間は懐にナイフなんか潜ませていない。もし、デスゲームの主催者側として自衛のためにナイフを持っていたとしても、それをまだ危害を加えるかどうかわからない俺に向ける理由はない。
「マ、マス美先生は、俺の母親...ですか?」
「もちろん。アナタは、私から産まれたのよ」
「じゃ、じゃあ...実の息子にナイフを突きつけるのはやめてもらえると嬉しいのですが...」
「残念だけど、村田智恵なんていう、一般人と付き合うことは許せないわ。結婚するなら、もっとお金持ちの美少女と結婚しなさい」
「───はぁ?」
俺は思わず、驚きの声を出してしまう。まだ、俺と智恵はお付き合いをさせていただいている段階で、結婚の話とかは全くしたことがない。
「か、母さん。まだ俺は結婚の話とかは...」
ナイフが、俺の皮膚に当たらないよう優しくツーっと下がってきて、俺の胸にトンと当てられる。まだ、刺さってはいないが刺そうと思えばいくらでも刺せるだろう。
「い、一旦、落ち着いて。かなり話が飛んでいますよ。ナイフを突きつけるのと、結婚の話のどう関係があると?」
かなり、ヒステリックな人物だ。これが、自分の母親なのだろうか。
「このままデスゲームを生き残っていけば、きっと栄は村田智恵さんと結婚する。駄目よ、一般人だし、高校のころは男遊びも激しいし、あんな女、ただのビッチに決まって───」
”パンッ”
俺は、気付いたら、マス美先生の頬を殴っていた。いや、被り物をしているので、その被り物をビンタしたと言うのが正しいだろうか。ビンタにより被り物が取れて、マス美先生───俺の母親の顔が明らかになった。
俺は、智恵のことをバカにされたことが許せなかった。確かに、智恵の過去は「たくさんの男と性行為をした」というのは間違いではない。だけど、絶対に俺の母親の言い方は間違っているのだ。智恵は、望んで性行為を行った訳ではないし、決してビッチなんかではないのだ。
そこにいたのは、もう40代も後半に差し掛かろうとしているのに、かなり美形な人物だった。30代前半と言われても驚かないくらいには若々しかった。
「何よ!お母さんに暴力を振るうっていうの?!お母さんなんていなくなればいいんだ!」
「息子にナイフを突きつけていたし、実際に俺が幼い頃からいなかった母親が言うセリフじゃない!」
俺は、自分の母親から無理矢理ナイフを奪い取って保健室にあった椅子に座らせた。
「それで、母さん。どうしてナイフを?」
「それは、それはぁ...」
すると、途端に泣き出した俺の母さん。かなり、情緒が不安定だ。
ナイフを向けて激怒したと思ったら、すぐに泣き出す。こちらは、人格ではなく情緒が破綻しているような気がする。
てか、俺の両親は人物と情緒が破綻しているのに、よく俺はまともな性格をしているな。
自分が正しくていい性格───だとは思わないけど、絶対に父さんと母さんから自分のような性格の人物が産まれてくるとは思えなかった。
鳶が鷹を生む───というか、すっぽんが月を生むと言った方がいいような気がしてきた。
そして、俺の母親は泣きながら話を始める。
聞いていてわかったのは、智恵が男好きのビッチと勘違いしていることだった。
だから俺は、母親に智恵のことを丁寧に話を説明して納得させた。
智恵の家は、決してお金持ちではない。だが、俺を碌に育てられなかった親にその親の文句を言う権利はない。
いや、俺のことに文句を言う権利すらないだろう。俺の両親は、俺を育てずにデスゲームの見物を楽しんでいたのだから。
「───もう、ナイフを突きつけるなんてこと、しないでくださいよ?」
「はーい...私が産んだのに...」
「産むことよりも、育てる方が大事ですから。俺は、あなた達2人より浩一おじさんのほうが尊敬していますよ」
「なら、浩一さんを殺せば...」
「何故、それで俺が尊敬するとお思いで?」
父親も狂っていたが、母親もかなり狂っていた。似た者夫婦であった。
「───それで、愛香は?」
「愛香さん?それなら、そこの部屋に」
俺は、母親との話を終えたので本題の愛香のところへ行くことにした。入ったら「うるさいぞ」とか罵倒されるのだろうか。そう思っていると───
「───嘘」
そこにいたのは、チューブなどを大量に付けて目を瞑ったままの愛香であった。