5月7日 その㉒
───一方、こちらは四次元。
四次元と言っても、四次元もまた広い。俺達の住むところを「三次元」と表現するのと同じであった。
GMがいるところとは場所が違うが、四次元にいたのは第3回デスゲームに生徒会として参加した3人の女性がいた。
「───靫蔓が死んだ」
重い空気の中、固く閉ざされた口を開いたのは、上から見ると長方形の長机の短い辺に用意されているお誕生日席の、まるで玉座のような綺羅びやかな椅子に座っていた金髪のドレスを着て、金髪で且つ金色の瞳を持った女性───柊紫陽花であった。
柊紫陽花の視点に立って、右側にいるのが黒髪でパイロットゴーグルを頭に付けた容姿端麗な美女───九条撫子で、左側にいるのが深海のように黒い髪と、深淵のように黒い瞳を持つ、ソファの上なのにも関わらず体育座りをしている美女───深海ケ原牡丹であった。
「あの馬鹿...」
柊紫陽花の報告を聞き、九条撫子はそう声を出す。そして、自分の両耳に手を当てた。
「靫蔓が死ぬとは思わなかったな。それに、第4回デスゲームの参加者は全員死んだようだ」
「皆まで...」
九条撫子は、その綺麗な顔を歪める。そこには、悲しみがあった。そこには慈しみがあった。
───そこには、怒りがあった。
”ドンッ”
九条撫子は、自分の耳を軽く塞いでた両手を握りしめて、勢いよく拳を机にぶつけた。すると机は、まるで重い鉄球がぶつかったかのようにして凹み、机そのものが緩やかなVの字になるようにして歪んでしまった。
もう、何かを上に置いたりしても安定を保つことはできないだろう。
要するに、九条撫子は靫蔓達の死を聞いて、その複雑な感情を机にぶつけたのであった。
「───駄目ね、私は。自分自身に『憤怒』を授けるわ...」
九条撫子は、小さくそう呟いた。
「それで、靫蔓が死んだという事実に変わりはない。今後、どうするかだ。これまで、大和と靫蔓の2人が殺されている。このまま、勝負に出ても勝てる確率は無いぞ。妾は、それほど頭が回るわけでもなく、運だけでここまでやってきた。それに、第4回デスゲームに補助教師と参加───なんてことは、やったこともない。漫画好きの靫蔓だったから、あれだけのゲームの内容が浮かび上がったとも言えようよ」
「そうね...」
柊紫陽花は、饒舌になっていた。正確には、いつもよりも更に饒舌になっていた───だろうか。
柊紫陽花は、靫蔓の死について悲しむ素振りはあまり見せなかったが、それでも多弁になっていることから感情の変化───焦りや動揺などは感じ取れるだろう。
逆に、いつものように無言を貫いている深海ケ原牡丹の方が異常なのであった。
「紫陽花は運だけだし、牡丹は勝てないし...ちゃんとデスゲームで対等な勝負ができそうなのは私だけなの?」
九条撫子が、苦悶に満ちた表情で2人に聞く。九条撫子も、デスゲームに出るのは嫌なようだった。
「まぁ、そうだろうな。でも、第3回デスゲーム参加者までも、全滅してしまいそうだ。実際、第4回デスゲームのメンバーは全滅してしまったしな」
「第2回・第1回デスゲームの生徒会の先輩達も手伝ってくれればいいのに...」
「そうは言っても、誰に頼むんだ?マスコット先生の嫁───池本望先輩はマス美先生としてもう出ているし、秀樹先輩はマスターとして職務を全うしているだろう?もう一人、秀樹の嫁の和華先輩もいるが、どこにいるかは妾は知らない。第1回の生き残りはこの3人だけなんだから、協力は見込めないだろう」
「じゃ、じゃあ第2回デスゲームの生き残りはどうかしら?」
「何を言っている。彼ら彼女らは、話が通じない───だろう?一番理性的なのは、妾達第3回なんだから!」
「それもそうだったわね...自分自身に『強欲』を授けることにするわ...」
少し、悲しそうにそう言う九条撫子。
───ここで、少し第2回デスゲームから第4回デスゲームのメンバーの大雑把な説明をしておこう。
死んでしまった靫蔓や、今話しをしている紫陽花や撫子などが属している第3回デスゲーム生徒会は、「話をしても無駄」な「獣」だとする。
すると、もう全滅している第4回デスゲーム生徒会は「話をするまでもない」「除け者」であった。
そして、まだ一人として登場していない第2回デスゲーム生徒会は「話が通じない」「化物」であった。
名前だけが先程明らかになった第1回デスゲーム生徒会は、その偉大さから第3回デスゲーム生徒会メンバーからは測れないような強さがあった。
第4回デスゲーム参加者が全員死亡してしまった現在、序列としては第3回デスゲーム生徒会が一番下なのであった。彼女達3人は思案する。
勝つ方法───ではなく、自分たちが生き残る方法を。
「───決めた」
「何かいい案が出たのかしら?」
柊紫陽花が口を開き、それに即座に反応する九条撫子。柊紫陽花は、こう述べた。
「靫蔓が殺されたのは悔しいし、ここで逃げたら恥なのは重々承知だ。だが、逃げる。妾達は、第5回デスゲーム参加者に───更に言えば、靫蔓も主人公と言っていた池本栄に手出しはしない。傍観の立ち位置で行く」
「マスコット先生に出ろと言われたらどうするの?」
「その時は───」
九条撫子の質問に、柊紫陽花は詰まってしまう。一瞬、悩むような表情をしたがすぐにどこか爽やかな、諦めが付いたような表情になり───
「───その時は、妾が第5回デスゲームメンバーの相手をするよ。妾達は仲間だ。もう、誰かが死ぬところは見たくも聞きたくもない」
「それじゃあ...」
そこまで言って、九条撫子は言葉をすぼめる。九条撫子は、柊紫陽花の強い意思と、厭世観を感じ取ったのであった。
九条撫子は「それじゃあ、紫陽花が死んじゃったら私達が辛いじゃない」なんて、言う覚悟はなかった。
ただ、柊紫陽花の言葉に頷くことしかできなかった。だって、九条撫子も死にたくはないのだから。