5月7日 その⑳
「───って、感じ...かな」
智恵が、そう伝えたと同時に、智恵は俺の方に倒れるようにして倒れ込んでくる。
「───智恵?」
話し終わったと同時に、倒れてきた智恵を見て、俺は死んでしまったのかと一瞬思ってしまった。
智恵の禁止行為である「絶望したら死亡」を破ってしまい、死んでしまったのかと思った。咄嗟に、俺が智恵が息をしているか確認すると───と、そこまでするまでもなく俺に寄りかかっている智恵のスースーという小さな寝息が聞こえてきた。
智恵は、どれだけの時間俺に語りかけていたのだろうか。俺には、わからなかった。
そして、智恵の昔話に生半可な感想を持つことはできなかった。
智恵は、話の合間合間に何度も嘔吐した。その度に、ビニール袋に嘔吐し、トイレに流す───という作業を行っていたために、話す時間はドンドン長くなっていった。
俺は、何度も話をやめようと提案したが、智恵はそれを受け入れてくれずについに最後まで話しきったのであった。
隆貴が捕まったことを話すことで、俺を安心させたかったのかもしれない。そして、自分をも安心させたかったのかもしれない。
俺は、智恵の真意がわからないから、ただ意地になって全部話したのかもしれないし、俺に要らぬ心配を残さなかったのかもしれない。
───ただ、俺が智恵の昔話を聞いて確実に言えることがあるとすれば、智恵はこれまでの人生が「死んだほうがマシ」と評価できるようなものであったと言うことだった。
俺は、今眠っている智恵を腰掛けていたベッドに寄りかからせる。安心して眠っているようだったが、男にトラウマがあるはずだった。
───いや、智恵は男性不信どころか人間不信───否、この世の万物を恐れているのは間違いなかった。
それでも、俺を信じるに値する人間だと選んでくれて嬉しかったのと同時に、本当に俺で良かったという不安が残っていた。
智恵は、俺を選んだのを「『第1ゲーム』で私を救ってくれたから」と言ってくれたが、あれが偽善的な、自分の株を上げるための行動だとしたら、どうしていたんだろうか。
まるで学習していない、と悪評を付けられても文句は言えない。
「───智恵」
俺は、眠ってしまった智恵に掛け布団をかけてやる。これなら、寒くもないだろう。
「───んぁ...」
一瞬、意識が落ちたような気がした。そして、意識が戻った時に俺は、智恵の首に手を添えていた。
まるで、首を絞めるようにして。俺は、智恵に掛け布団の上から馬乗りになり智恵の首に両手を当てていたのだ。
「───うわぁ!」
俺は、驚くような声を上げて智恵から離れた。今、俺は何をしようとしていたのだ。
無意識の間に、俺は智恵の首を絞めようとしていた。本能的に、智恵を殺そうとしていた。
「なんで...」
俺は、自分の行動に理解ができずに智恵の部屋の壁に背中を付けた後にへナリとその場に座り込んだ。そして、俺は第4ゲームに参加してくれる仲間を探していた時の、森愛香の言葉を思い出す。
{───智恵が帰ってきたら、その時に智恵を殺せ}
「は...はは...どういうことだよ、これは...」
これは、たまたまなのか。森愛香の言葉に、操られるようにして首を掴んだのか。
いや、森愛香は智恵の過去をある程度勘付いていて、智恵は死んだほうが彼女のためであるということに気付いていたのかもしれない。
そもそも、今回智恵の首を絞めようとしたことに一切愛香は関係していない。
「俺は、智恵を...」
実際、あの話を聞いて俺は相当橋本隆貴という人物を憎んだ。サッカー部の人物を憎んだ。
もちろん、その怒りの矛先が智恵に向くはずはない。それなのに、俺は智恵の首を絞めようとしていたのだ。
「何やってんだよ、俺...」
その、無意識的に智恵の首を絞めようとする行動を実行しなかったのが、智恵のためになるかどうかは俺にはわからなかった。
智恵は、自殺しようとしていたが失敗したことを俺はもう知っている。俺の本能は、智恵を同情して、智恵を救ってあげようと行動したのだろうか。
「───何にせよ、俺は智恵を殺そうとしたことには変わりない...」
俺は、この部屋を出ていこうとドアに手をかける。だが、ドアが開くことはない。押しても引いても横に動かしても駄目。
「あ、そうだ。そう言えば、個室のドアはその部屋の持ち主以外は開けられないんだったな...」
俺は、智恵が起きない限りこの部屋から出られないようだった。智恵は、安心した顔で眠っているから起こしてやるのは可哀想だった。
智恵の話を一から十まで鵜呑みにするのであれば、智恵は悪夢に魘されていたようだ。しっかり眠らせてあげたい。が、それだと俺は智恵が起きるまでこの部屋からは出られないだろう。
「しょうがない、今日は智恵の部屋で一晩を過ごそうとするかな...」
智恵の過去を聞いて尚、智恵と性的な行為をしようと思えるほど俺はクズではなかったし、そもそも眠っている女性を犯すなんて行為はできそうになかった。が───。
「恋人なんだし、一緒のベッドで寝ることくらい普通だよね」
俺は、そう口に出して、半ば自分を強制的に納得させるような感じで智恵の入っているベッドの中に潜り込んだ。そして、智恵を抱きまくらのようにして抱きしめて眠りについた。
智恵の体温が、俺にしっかりと伝わってきた。智恵は、温かかった。