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智恵の過去 その⑪

 

 正直、警察署へ向かうことさえも怖かった。

 どこかで、私を監視している隆貴の手先がいて、その一部始終を話される───なんて想像を何度したことか。


 でも、その時の私は如何なる手を使ってでも警察に行こうと思っていた。

 大麻を買わされることは、許せなかったのだ。自分で自分を許せなくなりそうだったのだ。


 人間の尊厳を失うどころか、人間であることすらも否定されるような、生物であることが厭世的になるような感覚を持つことが本能的に予測されたのであった。


 私は、涙で瞳を濡らして、頬を濡らして走る。

 乾いていた心が、その涙によって潤される。涙に酔って、覚醒する。


「───助けてください!」

 私は、近くに見つけた交番に突入するや否や大声でそう叫んだ。警察署ではなく、交番に言ったが私にとってはどっちでもよかった。


「ど、どうしたんだ?」

「これ、これ、これ!」

 私は、目の前に現れた警察官に縋るようにして手元に持っていた、握りしめられてクシャクシャになっていた住所の書かれた紙を渡す。


「こ、これは...住所?これが、どうかしたの?」

「大麻、大麻の取引...ある、行って、行ってください!」

 その時の私の言語機能は酷く低下していた。体に巻き付いて締め上げてくるような蛇のような、上から重くのしかかってきた巨大な落石のような恐怖が、心臓を宙に浮かび上がらせるような、脳みそをミキサーにかけるような不安が胸に押し寄せていた。


 私は、断片的な言葉を絞り出して、どうにか警察官に情報を伝えた。私の言葉を聞いた警察官は、私を奥の部屋に連れて行った後にすぐに同僚の警察を呼んで外に出ていった。私の部屋にやってきたのは、女性の警察官だった。入った部屋の名前は、覚えていない。記憶なんて、そんなものだ。


「大丈夫だよ、落ち着いて」

 私は、目の前に座っている女性警察官に手を握られていた。私は、震えていた。


 ガタガタガタガタと、恐れをなして震えていた。警察が、大麻の密売所に行ったということは、そこで現行犯逮捕される人は確実にいるのだ。

 そして、その大麻のことが判明したら隆貴が捕まるだろう。


 ───が、その後が怖かった。


 隆貴は、密告したのが私だとすぐに理解するだろう。そして、刑務所から出てきた後に私を必ず罵倒するはずだった。

 それが、怖かったのだ。隆貴なら、出所後に私を見つけ出して殺しに来てもおかしくなかった。


「大丈夫だよ、大丈夫。ワタシはアナタの味方だから」

 女性警察官のその言葉は、今でも心のなかに残っている。



 ───栄の言葉は、この時の女性警察官と重なった。


 4月9日───いや、ゲーム中にマスコット先生の謎の力によって深夜になったから4月10日に行われた第2ゲーム『スクールダウト』の私の情報④「処女だ」が発表された際に言ってくれた「俺は何があっても智恵の味方だ」という言葉と重なったのだ。

 その時の、栄の言葉に助けられた。それと同じように、私は女性警察官の言葉に助けられたのであった。


 ただ、安っぽい言葉だったかもしれない。でも、女性警察官の言葉は私に微かな落ち着きを与えてくれたのだ。


 ───って、少し話がズレちゃったかな。


 まぁ、その後は後日談のようなもので終わりにできるだろう。

 まず、麻薬密売人とその人物から麻薬を購入していた人物は全員逮捕された。


 一人残さず、全員だ。麻薬密売人が簡単に情報を吐いたのであった。

 それが理由で、隆貴も逮捕されることとなった。私へ向けて書いた住所のメモが、隆貴と同じ筆跡であり指紋もついていたのであった。


 そして、そこから私が非人道的な厚意に1年以上耐えていたことが発覚し、サッカー部だけでなく学校の男子ほぼ全員が退学か停学のどちらかになった。中には、隆貴以外にも逮捕された人もいるようだった。


 そして、大幅に人数がいなくなってしまい、私の母校である「甲美」こと、甲府美咲高校は廃校になることが決定したのだ。私が、この高校を潰した。


 私が、廃校にまで落としたのであった。その罪悪感は大きかった。


 隆貴が逮捕される際、私は隆貴に呼び出された。私は、逮捕されて手錠を付けられた彼を、女性警察官と一緒に、傍観していたのであった。

 その時に、私に気付いた隆貴は、こう言い放った。それは、私の心を締め付ける呪いのようなものとなる。


「お前なんか、生まれてこなければよかった!お前さえいなければ俺の人生は狂わなかった!お前が、ヘボやるから!死ね!死んじまえ!お前なんか、死んでしまえ!」


 警察は、私がたまたま警察に見つかった───という設定にしてくれたようだった。

 これは、私を守るための方便だったという。


 それに関しては、感謝の他無かった。私の状態を見てすぐに、判断してくれた女性警察官は賢明だっただろう。


 ───ここからは、栄も知っている話だろう。


 私は、夢を見るようになった。それは、悪夢だ。


 気付いたら暗闇である何もない立っていて、後ろから手が追いかけてくる夢。

 私は、掴まったら碌なことが起こらないような気がしたから、それから逃げる。


 でも、次第に体力が無くなってきて、息も絶え絶えになってきた時に上空から手が天使が現れた時に出てくるような神々しい光と共に現れる。

 私は、それが唯一無二の希望であるかのように縋り付くんだけど、伸びてきた手も、追いかけてくる手と同じで手。

 決して救いなんかではなく、私はその手に掴まれたら体を弄られて、蠢く手に首を絞められたら四肢を引っ張られたり打たれたりするという夢。


 これは、私が受けた行動とほとんど一致していた。

 救いの手は、隆貴のことを現していたし、後ろからの手は他のサッカー部のメンバーを現していたのだろう。


 私の心の傷は、そんな簡単には癒えなかったのだ。

 でも、最近は手に掴まろうとしたその刹那、栄が横から助けてくれる。そのまま、私を抱きしめてどこかへ逃げていってくれる。


 だから、私にとって栄は救世主であり英雄なのだ。私は、栄に感謝しかできない。


 そして、今回の第4ゲームでも栄は私を助けてくれたのだ。私は、自分の無力さに打ちひしがれるのと同時に、栄の強さに驚かされた。


 助けてくれて、ありがとう。そして、愛してくれて、ありがとう。


 ───こんな私を見捨てないでくれて、ありがとう。

智恵の過去編、これにて閉幕!

皆さん、お疲れ様でした。

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雨城蝶尾様が作ってくださいました。
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― 新着の感想 ―
[良い点] とりあえず犯罪者どもが罰せられて安心しました。 隆貴は最後までクズでしたね。 ここまで来るとムカつくより呆れました。
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