智恵の過去 その③
私の高校1年生の頃の彼氏である隆貴が、私に本質を───彼女を平然と殴るという彼の潜在的な本質を見せてつけてからも、私の盲目的な隆貴への愛は冷めることはなかった。
翌日。
「あ、あの...智恵、昨日はごめん」
部活の朝練の時間で、謝罪してくれたのは隆貴であった。
「い、いいよ。私もイライラしてるところに話しかけちゃってごめんね」
「智恵は悪くない。全部俺が悪いんだ。俺は...俺は智恵のことが大好きだから、赦してくれ」
「最初から怒ってないよ」
この頃の私は、まだ信じていた。隆貴は日常的に暴力を振るってくるような人ではなく、あれは事故だったのだ、と。でも、そんなことはなかった。隆貴が、私に拳を向けたその日から、次第に行動はエスカレートしていくのであった。
次に、暴力を振るわれたのはその1週間ほどの話であった。
理由は、またも部活の試合であった。練習試合ではなく、学校内での試合にて、勝利できなかったからかその怒りを悔しさを私にぶつけた。
腹を3発、肩を2発。顔を1発。
隆貴は、私の顔を殴った後に冷静さを取り戻して、その後私に泣きながら謝罪をした。私は、彼を許すことしかできなかった。心の何処かでは、彼を密かに恐れていたのだ。許さなかったら、また殴られるのかもしれないと。
でも、盲目になったいた私は隆貴に抱く恐怖なんてものには気付かずに過ごしていた。私は、愛に騙され続けていたのであった。
───私が2度目のDV被害にあった数日後。私と隆貴は、サッカー部のオフの日を利用してデートに行くことにした。
隆貴は、サッカー部のレギュラーだったために忙しかったし、私もマネージャーの仕事でレギュラーの皆に付き添わなかった行かなかったため、久々の休みであった。
日曜日の午後はデートに行ける時間も合ったが、一日中どこかに行く───なんてことはできなかった。
デートの予定としては、映画を見てカラオケに行く───というものだった。
このデートで、また隆貴から受ける被害の度合いがまた一段と上がる───「絶望」への階段をまた1歩登ることになったのであった。
その日の行動を、栄にも話そうと思う。
午前10時。隆貴の家から近い映画館の最寄りの駅で待ち合わせをしていた。私は、他から比べると家が学校から少し遠いので、隆貴の家も同じくらいの距離であった。
でも、私の家の近くに映画館はなかったので、しょうがない。隆貴も、どこか申し訳無さそうにしていた。
「隆貴」
「あ、智恵!」
私が、駅に向かうとそこにはもう隆貴がいた。待ち合わせの5分前には、もういてくれたようだった。
「ごめんね、遅くて」
「俺も今さっき来たところだから」
そんな、初々しいカップルのような会話をして、近くにあった映画館に向かった。面白そうな恋愛ものの映画がやっているから、それを見に行ったのであった。
───と、問題が起こったのは映画館でなくカラオケでだった。
なので、そこまで話を割愛しよう。問題が起こったのはカラオケであった。
私と隆貴が交互に歌を歌い楽しんでいると───、
「ごめん、智恵」
「───」
そう言うと、横から抱きしめるようにしてカラオケ店にあるソファの上に押し倒してくる隆貴であった。私の口の中に、生暖かく柔らかいものが───隆貴の舌が入ってくる。
有無を言わせぬフレンチキスであった。
口の中に、隆貴の舌が入ってきて私の口腔内を駆け巡る。だけど、不快感はなかった。そこにあったのは、言葉で言い表せないような快感だった。
そのキスは、何分続いただろうか。10分以上していたかもしれないし、1分も経っていなかったかもしれない。そんな、高揚感に支配されたような感覚に身を委ねている時間がわからなくなるほどにキスをしていた。
「智恵、好きだ...智恵」
そう言って、私の服の中に手を入れてくる隆貴。気分が高揚していても、それがいけないことだということはわかっていた。
「駄目だよ、隆貴。カメラが...」
私は、カラオケで、部屋にカメラがあることを理由に行為を却下する。すると───
「じゃあ、俺の家に行こう。今なら、家族は誰もいないからさ」
「でも...」
「いいだろ、智恵?お願いだ」
隆貴が、ウルウルしたような目でこちらを見る。私は、まだ行為を行うのは早いと思っていた。
───だが、心の何処かで隆貴を恐れていたのだ。暴力を振るってくる隆貴を恐れていたのだ。
「わ、わかった...いいよ」
私は、恐る恐る承諾する。すると、隆貴の顔が笑顔に変わる。
───もしかしたら、最初から体目当てだったのかもしれない。
そんな疑念を持つこともなく、私は隆貴に釣れられて隆貴の家に移動した。
まぁ、隆貴の家で行われたことを詳しく語る必要はないだろう。
とりあえず、言えることとしては私と隆貴は男女の仲となり、私はおぼこ娘ではなくなった───要するに処女ではなくなったのだ。
だけど、それは「絶望」の序章にすらなることはない単なる男女の性行為であった。だが、絶望への道は着々と進んでいたのであった。