5月7日 その⑭
高く登ったフェンスから、スカイダイビングのように体を大の字にして落下する俺。フェンスには、まだまだ上があったが、誠が負けそうだったのでそこで「とある作戦」を決行したのであった。
「それにしても馬鹿だよなぁ...俺が逃げないと思ってるのか?」
「あぁ、信じている!」
「そうかよ!」
紐なしバンジーをした俺は、靫蔓目掛けて落下している。一番いいのは、靫蔓の背中に落下することだろう。
靫蔓にダメージは入るが、俺は靫蔓がクッションになりダメージはやって来ない。
───が、靫蔓にとっては隙だらけだし避けることだって十分に可能だ。
そもそも、俺を殺しても誠が白旗を揚げれば勝利できるので、俺を受け止める必要はない。
ただ、俺は靫蔓の「栄は主人公」という言葉を信じて飛び降りたのであった。多分、主人公の俺でいなければ失敗しただろう。
「靫蔓、受け止めてみろよぉぉ!」
「受けて立とうじゃないかぁ!」
靫蔓は、俺を受け止めてくれるようだった。これで、俺と誠の2人の両方がただダメージを食らう───という可能性は減った。
これが「主人公補正」というものなのだろうか───
「───ッ!」
と、俺が靫蔓をクッションに着地しようとした刹那、靫蔓は、避けた。そして、頭から落下している俺の腹に、拳をめり込ませた。
「かは───」
そのまま、拳はまっすぐ突き進み、その作用で俺も吹き飛んでしまった。そして、フェンスに激突する。
ドサリと地面に落下した。フェンスにぶつかったことで、落下ダメージが軽減されたようだが、それでも体には鋼鉄で殴られたかのような痛みが追撃でやってきていた。
俺が吹き飛ばされたのは、誠と全くの反対側だった。誠は、血を吐いてフェンスに寄りかかるようにして座っていた。
「───が...は...」
「お前は信じてくれたんだろ?俺が裏切るって」
靫蔓に殴られ、フェンスに激突し、落下ダメージも受けて。俺は、意識が落ちてしまいそうになった。
───が、ここで失神なんかすることはできない。
「俺は...諦めねぇよ...」
「池本、すまない...俺の作戦は失敗してしまったようだ───が」
誠は、立ち上がる。そして、俺の方を向いていた靫蔓の後ろに迫る。誠は、靫蔓の背中に強烈な蹴りを食らわせた。
「───クッソ、動けんのかよ!」
「当たり前だ。池本が稼いでくれた時間で回復した」
そして、誠と靫蔓が向かい合って戦闘を始めた。俺は、うつ伏せになってフェンスの近くに倒れることしかできていなかった。と、その時───
「あれは...」
俺は、5回戦『デッドヒート・デッド』のリング上に残された、唯一の武器を見つけた。俺は、匍匐前進より更に低いような体勢でその唯一の武器のところへ近付いていった。これがあれば、靫蔓を倒すトリガーになってくれるかもしれない。
「───靫蔓。池本はもう使いようにならないようだが、俺は諦めないからな」
「残念だが、主人公じゃないお前より主人公の栄の方が俺は警戒してんだよ。今だって、何か思いついたのか腹這いで進んでんじゃねぇか」
「───気付いてるのには変わりないんだな」
誠はそう言って、ニヤリと笑みを浮かべた。
「敵として、非常に面倒だな」
「モブの相手をしてる時間はないんだがな」
お互いに、相手に小言を言いつつ再度誠と靫蔓のタイマンが開始した。誠が、初手で魅せるのは、急接近からの膝蹴りだった。靫蔓の顎を目掛けた膝蹴りは、見事に直撃した。
「のろいな」
「わざとだ!」
そう言って、誠のあげた足を掴もうと靫蔓は抱きつくような感じになった。誠は、足を拘束されて倒れそうになるが、それを利用して靫蔓の背中の方へ倒れた。
「これなら、お前は俺を抱いた状態じゃ尻もちをついてしまうぞ」
誠の自重により、後ろに倒れそうになる靫蔓。だが、それを跳ね返すようなパワーで前方に倒れ込んだ。
「───ッ!」
誠は、そのまま前に倒れられて背中を床に打ってしまう。靫蔓は、そしてその場で誠のことを何発も何発も殴る。俺の現状を話すと、唯一の武器のところまでたどり着いてそれを手に取った。
そして、それを支えにゆっくりと立ち上がったところであった。
「ハハハハハ!残念だったな、誠!お前は生きていようが死んでいようがどうでもいいんだよ!死ねば、主人公である栄が覚醒するかもなぁ!」
靫蔓の、唐突な悪役ムーヴにその場にいる誰もが驚きを隠せない。
「敵役のフリ、似合ってないぞ?」
「おいおい、失礼だな!」
殴られている誠が、若干苦しそうにしつつもそう言葉を吐く。そして、靫蔓が強烈な一撃を食らわせた。
───それと、ほぼ同時だった。俺が唯一の武器を持って靫蔓の後ろに接近したのは。
「───靫蔓、俺の勝ちだ」
直後、吸い込まれるように靫蔓の頭上に唯一の武器が───靫蔓が持っていた松葉杖が落下する。
「───ッ!」
靫蔓が、振り向くと同時に、再度顔面に松葉杖が振り下ろされる。
「おら、おら、おら、おら!」
俺は、全身全霊で靫蔓の体を松葉杖で殴る。靫蔓は、松葉杖を止めようとしたが、両手靫蔓の下にいた誠に止められて逃げ出すことができなかったのだ。
───そして、松葉杖で殴り続けて数分が経つ。
「───靫蔓、負けを認めるか?」
そこにいたのは、最初から大怪我をしていたのに更にボロボロになっていた靫蔓であった。ところどころ、包帯が解けて鍛えられた筋肉が見えてしまっている。既に、誠は靫蔓の束縛からは抜け出していた。
「負け?そう言えば、そんなルールだったな...」
靫蔓は、体中に青あざを残している。もう、彼は立ち上がることも難しいだろう。
「靫蔓、負けを認めてくれ。俺はお前のライバルだ」
俺は、靫蔓にそう告げた。すると、靫蔓はその場にバサリと倒れる。そして───
「主人公のライバルか...そりゃあ、勝てねぇぜ...認めるよ、お前を。そして、負けを」