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5月7日 その⑬

 

「───ぐ...」

 俺は、フェンスに背中から打ち付けられてしまって立ち上がれていなかった。背中を襲っていた意識を奪われそうになる痛みを耐え抜いて、ゆっくりと立ち上がる。


「ッチ、まだ立ち上がんのか。流石は主人公だな」

 距離を取り、猛攻が止んだために言葉を交わす。まだ、負けてはいない。相手は強いが、廣井大和(ひろかず)だってこのくらい強かったはずだ。


「主人公だとか、主人公じゃないとかそんなの関係ない。惚れた女を助けるのは、男して当たり前のことだろ」

「お、名言って言うやつか?きっと今のは枠がデカかっただろうな」


 そう言うと、靫蔓はその場でジャンプして再度虚空に───靫蔓の言葉で言い表すならば「漫画の枠」に掴まった。

 俺は自分の人生を漫画だとは思っていないし、もし仮に、俺の人生が漫画だとしても漫画の中からは漫画の枠は見えない。畢竟、俺自身の人生が漫画かどうか確認することはできない。


「まずは、お前からだ!くらえや!」

「───ッ!」

 そう言って、新体操の鉄棒の技の一つであるトカチェフのように舞い上がり、誠の方へ迫った靫蔓。


 背中を打ち付けて、動きが鈍っている俺より先に誠を狙ったようだった。だが、卑怯だと罵ることはできない。それどころか、正攻法だろう。

「───」


 誠は、避けることをしなかった。それどころか、ドロップキックのような体勢で迫ってきているのをカウンターで攻撃しようとしていたのだ。

「ここだ」

 誠は、自分に向けてドロップキックを仕掛けてきた靫蔓に拳を向ける。その拳は、向けられた足裏にぶつかり靫蔓と誠はぶつかった。


「───ッ!」

「中々やるじぇねぇか」

 地面に、背中から倒れそうになるも見事2本の足で着地をした靫蔓。怪我をしているのではないのだろうか。まぁ、いい。誠の方は、振るった拳をブラブラと振っている。


「少し痺れるが...この程度問題はない」

 誠も怪我はないようだった。ここで一番怪我をしているのは───いや、この言い方だと俺達と戦う前にマスコット先生に大敗を喫した靫蔓が当てはまってしまう。

 5回戦が始まり、1番ダメージを負ったのは俺だろう。靫蔓は主人公だと言っているのに、どこか恥ずかしい。


 ───と、靫蔓の方へ体を向け続けたまま誠が俺の方へ近付いてきた。


「池本、耳を貸せ」

「あ?あぁ」

 俺が誠に近付くと、誠は俺に「とある作戦」を教えてくれた。この「とある作戦」は、成功すれば靫蔓に大打撃を与えることができるが、欠点は大きすぎた。


 その欠点は、失敗したら俺が大ダメージになってしまうし、準備の足止めも誠と靫蔓とのタイマンになってしまう。ハイリターンではあったが、かなりのハイリスクであった。


 リスクの方が大きいだろう。


 ───が、そこまでしないと勝利できないのは確かであった。


「よっしゃ、じゃあこの作戦を行おう」

「池本、任せたぞ」

「あぁ、もちろんだ!」


 俺と誠は、「とある作戦」を実行することを開始した。提案した誠が危険な役を担当しないのには理由が2つあった。1つは、誠の方が身体能力が───正確には、戦闘能力が高いから。そして、もう1つは誠は主人公ではないから。


 俺は、誠の作戦を実行するために行動を開始していた。


 一方、それを実行するために靫蔓の足止めをするのは誠であった。準備が完了するまで、誠と靫蔓のタイマンをお送りしよう。


「おいおい、何を企んでるんだ?───って、言わねぇ方がいいか。読者はまだ栄が何をしてるのかわかってないみたいだしよぉ」

「読者には情報を与えず、靫蔓本人だけ何を行わせるのか気付いていれば何の意味も無いと思うのだが...」


「しょうがねぇ、漫画の敵ってのは作戦に気付かないのがお約束だ。俺も栄のことなんか忘れて気付かずにお前一人に集中してやるよ。準レギュラー」

「前は、お前の中ではモブだったのだが、昇格したようだな」


「まぁ、目立ってはいるだろ。お前はこうして主人公と一緒に戦ってるんだからよ」

「そうだな。駄弁は終わりで殴り合おうじゃないか」

「同意見だ。読者に鮮烈な印象でも与えてやるよ。覚えずとも忘れられぬ名になってやらぁ!」


 そうして、誠と靫蔓は接近する。そして、お互いに拳を振るった。誠の振るった右の拳は、靫蔓の振るわれなかった左手に止められ。靫蔓の振るった右の拳は、誠の振るわれなかった左手に止められ。


 お互いがお互いの拳を止める。そして、そんな超接近状態から拳を振るったのは誠であった。

「俺ができるのは時間稼ぎだけだ。これで勝てるだなんて思っていない」


 そんなことを言いながら、靫蔓の右拳を止めていた左手を動かして靫蔓の顔面にめり込ませた。靫蔓も、避ける素振りを見せたが、それは上手くいかなかったようだ。

「───ッ!」


 と、誠がその異変に気づいたのは左手を自分の体の方に引こうとした時だった。誠の拳が、動かないのだ。まるで、何かに固定されているかのように。


「───何が...」

はんへんはっはは(残念だったな)


 誠は、靫蔓の声によってその異変に気付いた。靫蔓は、殴られた際にただ食らったわけではない。誠の腕に噛み付いていたのであった。


おはえほはふふ(お前を殴る)

 そう言って、靫蔓は誠に強烈な蹴りを放った。誠は、口から吐血すると同時にフェンスにぶつかっていった。


「───うおっ!」

 そのフェンスの振動に、過剰に反応したのは「とある作戦」の準備を完了し今にも実行しようと画策していた俺だった。



 ───そう、俺はフェンスを登って、勝負場所の上空までやってきたのであった。


「さ、栄が、な、な、何故そんなところにぃぃぃ?なーんて反応はしねぇ。普通に見え見えだったからな」

「ハッ!そうかよ、まぁいい。靫蔓、見ておけ。主人公って言うやつを!」


 そう言うと、俺はフェンスを掴んでいた手を離して、靫蔓目掛けて落下した。


 避けられれば、俺は落下での怪我は免れない。一世一代の大舞台。飛び降りたのは、清水ではなくどこかわからない空間の舞台であった。



 ───俺の人生が漫画かどうかわからないが、俺の人生の主人公は俺だ。

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雨城蝶尾様が作ってくださいました。
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