5月7日 その⑫
靫蔓が、俺達の攻撃を避けるために行ったのは、「漫画の枠に掴まる」という妙技であった。
俺が主人公だとしても、俺の人生は漫画なんかではない。これは、紛れもない現実なんだ。
きっと、こんなことができるのはマスコット先生の力の他に、靫蔓が「池本栄は主人公」だと信じ込んでいるのもあるのだろう。
俺も漫画は読むが、それでも自分が「物語の主人公」だなんて思ったことはなかった。
確かに、幼い頃に両親が失踪───なんて、まるでジャンプの主人公のような立ち位置であったとしてもだ。
それに、俺の中でGMは、俺の両親だと思っている。そう考える根拠としては、靫蔓の発言だ。彼は、俺と初めて会った時に「なにせ、両親が失踪したって過去は大きいし、その両親はデスゲームの」と言って消えていった。
一番大切そうな言葉尻が聞こえなかったが、多分俺の両親はGMだろう。別に、GMは一人───だなんて誰も言っていないかだ。デスゲームなら、最高司令官が2人いても全くおかしくはない。
───と、少し話が横道に逸れてしまった。
俺の両親がGMだと仮定するのであれば、俺が主人公ってのあるあるの展開だ。
デスゲームの漫画とかは、大体主人公の両親が運営を行っている。ネタバレになってしまうから例は挙げないけどね。
「おらよっ!」
そう言って、靫蔓は虚空を掴んでいた手を離す。靫蔓の言葉を借りるのなら「漫画の枠」を利用して飛んだのだろう。漫画ならば、これはメタ発言───いや、言葉ではないからメタ行為だろうか。
漫画ならばメタ行為になるので、読者を選ぶ勝負になってしまうだろうが、俺自身としては漫画だと思っていないのでメタ行為にはならない。
少なくとも、俺が漫画だとしてもこれを読んでいる読者のことなんか気にしていない。
「そんな、子供騙しみたいなことしてんじゃない!」
そう言って、俺は靫蔓を追いかける。彼は、背中を向けていたがクルリとこちらを向くと拳が飛んできた。
「───ッ!」
俺は、必死に避けようとした。だが、一瞬の焦りからか膝からこぼれ落ちるように倒れてしまった。結果的に靫蔓の拳は避けられたが、なんだかダサい避け方になってしまった。
拳に当たらなかっただけ、いいと思ったほうがいいだろうか。
「随分と、弱体化しているな。鬼龍院靫蔓。怪我がそんなにいたいか?」
「うるせぇ!このくらいいいハンデだ!」
俺には目もくれず、一拍遅らせて靫蔓に攻撃を仕掛けた誠の冷静な蹴りを受け止めようと靫蔓は、かめはめ波のような、ハエトリソウのような形で手を用意する。
”ガシッ”
「───掴まれたか...池本」
「あぁ!」
俺は、誠を助けることと靫蔓を攻撃することを目的に、靫蔓の足元へ向けて攻撃を迫る。松葉杖を持っている傷だ。足のどちらかは急所となっているはずだろう。
そう思い、俺は靫蔓の足元に向けてタックルをする。ぶつかったのは、靫蔓の脛。靫蔓は、一瞬よろけるも転ぶ様子も誠の足を離す様子もなかった。
「軽い攻撃だな!」
「池本、そのまま足を掴んでいろ」
そう言うと、誠は、靫蔓に掴まれていない方の足を、靫蔓の肩に乗せて、そのまま体重を加える。誠は、地面に足がついないので、天地が逆になり、イナバウアーのように体を反らしている。
「───体重をかけやがって!」
酷く、靫蔓の周りが乱雑に密集してしまっているので、現在の状況をまとめよう。これは、もし俺の人生が漫画であれば、こんな漫画を読んでくれている読者に対する配慮だ。
多分、靫蔓の戯言とマスコット先生の遊び心であろうから、違うと思うのだが。
───と、現在の状況は、俺が靫蔓の足に抱きついており、靫蔓は誠の右脚をつかみ、誠は掴まれていない方の足───左脚を靫蔓の方にかけて全体重を乗せている。
それにより、靫蔓は前に転倒しようとしている───要するに、俺の上に倒れようとしているのだ。筋骨隆々としている靫蔓が、俺の上に倒れ込んでしまったらひとたまりもないだろう。そのまま、極められる可能性だってある。
───が、誠が「足を掴んでいろ」というのならば、何か策があるのだろう。だから、俺は信じて靫蔓の足を掴み続ける。
「クッソ、体幹が!」
そう言って、靫蔓は、俺の上に倒れ込んだ。が、そこまで重くない。
「池本、靫蔓を背負って立ち上がれ。手は俺が掴んでいる」
誠は、どうやらイナバウアーのように反っていた状況から靫蔓の腕を掴むところまで進んだようだった。
これで、俺と誠は2人で靫蔓の四肢を掴んだことになる。靫蔓は、体を捻って抵抗を見せているが、ただ邪魔なだけで離すほどではない。包帯でグルグル巻きの人物を、こんなに手荒に扱うのは初めてだが、これは勝負だ。我慢してもらうしか無い。俺は、靫蔓の四肢を担ぎ上げた。
「鬼龍院靫蔓、降参するか?」
「ハッ、まさかな。手足を掴まれていようが負けはしねぇ」
そう言って、靫蔓は抵抗をやめる。そして───
「押して駄目なら引き戸だろ」
その直後、靫蔓の足を担ぎ上げていたが、その脚が俺の顔面に直撃する。助走をつけるどころか、ほとんど振るスペースもなかったのにもかかわらず、俺の顔には大ダメージが入った。
その威力により、俺は思わず靫蔓の足から手を離しそうになる。だが、離さない。いくら抵抗しようが、俺は掴み続ける。
「───池本」
「───ッ!」
直後、靫蔓は体を縮めるようにして蹴られたことで緩んだ腕から抜け出した。そして、そこから俺の頭に向けて強い蹴りを食らわせる。その蹴りが、俺に直撃して俺はフェンスにぶち当たるほどにまで吹き飛ばされる。
そして、一人で靫蔓の全体重を背負うことになった誠は、その重さに耐えられること無くそのまま靫蔓を地に落としてしまう。靫蔓は、片手で着地をした後に誠と距離を取った。
───どうやら、靫蔓は大怪我をしていても強大な敵であったようだ。