5月7日 その⑪
───お互いがお互いに名乗ることで、勝負が開始された第4ゲーム『分離戦択』の最終勝負───5回戦の『デッドヒート・デッド』。
今回のゲームは、一言で表すと「負けを認めれば負け」という単純明快なルールだった。
マスコット先生は、多種多様な道具を用意してくれたが、俺と誠、更には靫蔓の全員が全会一致で「殴り合い」というどんなゲームよりも勝敗がわかりやすい、そんな方法でゲームを行うことが選択した。
誠は、先日───4月27日に靫蔓に1発KOをしてしまった。俺は、言い逃れをして殴られることはなかったが、それでも靫蔓の強さというものは本能で理解することができた。
「───が、靫蔓。殴り合いでよかったのか?」
「どうしてだ?俺は最初から最後までそのつもりだったぞ?」
「いや...体中怪我してるしよ...それで負けても、綺麗に負けたって思えないんじゃ...」
「いやいや、まさかな。これだけの怪我をしたのは、俺達が勝手にマスコット先生に挑んで勝手に負けたのが原因だ。だから、俺は悪くない。栄は、デスゲームで渋々廣井兄弟と戦ったんだろ?」
「それは、そうだけど...」
「池本が聞くと思ったが、一向に聞かずしびれを切らしたから俺が聞く。森愛香はどうなっている?」
そうだ、昨日靫蔓と森愛香は共に協力してマスコット先生に挑んだはずだ。きっと、愛香は靫蔓が「ここは俺に任せて逃げろ」なんて言っても逃げるような人物ではないだろう。もしかしたら、死亡していたり───
「大丈夫だ、死んじゃいない。さっきまでの俺と同じく保健室でマス美先生の治療を受けてるよ」
「よかった、生きてるんだ...」
俺は、安堵してしまう。聞いてくれた誠には感謝しないければならないだろう。
「池本、聞いた俺が言うのもなんだが今は森愛香の心配よりも自分達の心配をした方がいい。目の前にいるのは、いくら怪我をしていたって靫蔓なんだ。怪我をしているから平等じゃない───って考えるよりも、怪我をしているからハンデがあってラッキーって捉えたほうが絶対にいい。俺達じゃ、平常時の靫蔓には勝てなかったぞ」
「あ、あぁ...わかっているよ」
実際に戦闘して、敗北した誠が言うと言葉の重みが違かった。そう、目の前にいるのは俺や誠などよりも圧倒的に強い靫蔓なのだ。
第3ゲームで戦った、廣井兄弟の2人と同じくらい───もしくはそれ以上の実力があるのは確かだ。
大怪我をしているというハンデを背負っている今のうちに倒さなければ、殴り合いでは勝利できないだろう。
「───もう、勝負は始まってるんだよな」
そう言って、俺は誠と顔を合わせる。そして、同時に靫蔓の方へ走っていった。
「早速同時攻撃かよッ!」
俺がいるのは、一辺が10mほどの正方形のリングだ。閉所や障害物なんてのは存在しないし武器になるようなものも存在していなかった。だから、同時に攻めて相手の隙を作るという作戦を実行しようとしたのであった。
「靫蔓!」
「容赦はしない!」
「そうかよ!」
”パシッ”
靫蔓が、持っていた松葉杖を捨てて両手で俺達の拳を一つずつ受け止める。俺の右拳と、誠の左拳。それを受け止めたのであった。怪我人であっても、ある程度のパワーは残っているようだった。
「クッソ、ジンジン来やがる...」
そう言って、俺達の拳を包み込むようにしてギュッと握る。
「掴まれたか...」
それで尚、冷静だったのは誠。俺は、受け止めてもすぐに引くと思っていたためにこれ以上の行動を考えていなかった。
”ブンッ”
「───」
直後、誠が左足を軸に右脚で綺麗な回し蹴りを披露する。だが、それは靫蔓に当たることはなく靫蔓が前方に体を倒してそれを避けた。受け止めていた俺達の両手に体重をかけて前に倒れたのであった。
「池本」
「わかってる!」
俺は近付いてきた靫蔓の首根っこを押さえようと自由な左手を近付ける。そして、首を掴むとそのまま押し倒すようにして力を加えた。が───
「───んなっ!」
動かない。まるで、大地を手で押しているかのような感覚。一度たりともビクともしなかった。
「残念だったな」
誠の手が離されて、靫蔓は俺のことを背負投しようとする。このまま、地面に叩きつけられてしまえば、湿疹はしないにしても大ダメージは免れないだろう。
「ふんっ!」
俺は、靫蔓に投げられる刹那、靫蔓の左脚を掴む。靫蔓の手から、俺の足が離れてもなお地面に叩きつけられることはなく靫蔓の足にしがみつき耐えたのであった。誠は、俺の行動を予測していたのか既に下がっており、俺も立ち上がった直後靫蔓と距離を取った。
「お互いノーダメージか...」
「上手く行かないものだな...」
「ドンドン来いや、お前らぁ!」
靫蔓が、挑発するようなことを言ったので、俺と誠はその挑発に乗るようにして靫蔓に迫る。
「池本、任せたぞ」
「あぁ!」
そう言うと、誠は途端、姿勢を低くして靫蔓の足元に飛びつこうとした。
「邪魔だ!」
そう言って、靫蔓は誠の飛びつきをジャンプで回避する。それが狙いだった。
「ジャンプした後、その包帯まみれの体で避けられるかな?」
「───ッ!」
俺が狙うのは、靫蔓の足元の攻撃。全身に包帯を巻いているということは、体中怪我をしているということだ。その傷口に攻撃すれば、都合よく大ダメージが与えられるだろうと予想した。
───が、靫蔓が地面に着地することはなかった。
「んな...」
靫蔓は、何もない場所で懸垂をするかのようにして、空中に浮遊していたのだ。
「何が起こって...」
「栄、俺は言ったはずだぜ。お前は主人公だって...」
「それはそうだが、どうにかしたのかよ?」
「お前の人生の物語を漫画だとするのならば、必ず枠があるはずだ!俺はその枠につかまっている!」
靫蔓は、現実で漫画で行われるメタ発言のようなことを行ってきた。だが、これは現実。漫画ではない。
栄の言う通り、彼の物語は漫画ではございません。