5月7日 その⑦
純介が捨てたのは、確かに揃っていた♤7と、揃っていない───1枚だけの♤3であった。
そして、松阪マリンの手札にあるのは黒いジョーカーと♤Jであった。
「チェックメイトだよ、マリン」
そう言って、ニコリと笑みを浮かべる純介。
「ど、どういうことよ!全く理解ができない!」
そう言って、出された♤3を取った松阪マリン。そして、その時に気付いたのであった。
「嘘、2枚重ね...」
薄い、両面テープのようなものでくっついていた♤3。♤3は2枚あったが、1枚になっていたようだった。
「ズルはしていないだろう?僕は君に、十分すぎるほどヒントを与えていたはずだよ」
「───え...」
松阪マリンは自分が持っていた♤Jを確認する。その♤Jも、両面テープが貼られて2枚重ねになっていたのだ。
「嘘...気付かなかった...」
「まぁ、気付かないのも無理もない。トランプは1枚1枚薄いからね。ピッチリ重なっていたら2枚重なっているなんて思わないだろうよ」
実際、プレイしていて気付く人はいなかったようだった。
「他にも、ヒントはありました。安倍健吾君が西森純介君の手札から引いて揃わなくて、松阪マリンさんがそこから引いて揃っていなければ、重なってる可能性もあったのです」
マスコット先生も解説に加わる。どうやら、マスコット先生は気付いていたようだった。
───と、彼はトイレに帰ってきた時に数えたのだから気づいたのだろう。そして、問題なしと判断したのだ。
「ど、どうして...そんなことを!このゲーム、カードは捨てられてばかりだからカードが途中で合流したことなんてなかったはずよ!」
「最初から持っていた。ルールを見てすぐに思いついたんだ」
そして、全員が全員ルールに釘付けになる。
4回戦『限界ババ抜き』のルール
1.このゲームはトランプを2組 (54枚×2)を使用する。
2.最初に、ジョーカーを4枚取り出して裏面でシャッフルをして1枚を抜き取る。抜き取った一枚は、参加者に見えないように伏せておく。
3.引かれたジョーカー以外の、残りの3枚を、数字と模様が書かれたカード104枚に含め、シャッフルを行う。
4.最後までババ (ジョーカー)が残ったら負け。
5.ペアが揃ったら捨てることも可能。
6.同じ数字且つ同じ模様でないとカードをペアとして捨てることができない。
7.他のルールはババ抜きに準ずる。
「ルール5:ペアが揃ったら捨てることも可能。これは、捨てることも可能であるだけで、所持し続けることも可能だってことだ。そして、健吾を離脱させることを目的に自分の手札の中に温存させていた───って訳さ」
「そんな...おかしいわよ...両面テープがトイレなんかにあったっていうの?」
「あぁ、あったよ。別に、最初から用意してたって訳じゃない。トイレの個室の張り紙の後ろにあったのを使っただけだよ」
そう、前に説明したようにトイレの個室の内側の扉には、「トイレットペーパーは使いすぎないでください」という文字とマスコット先生に似た落書きのようなものが書かれた紙が、個室のそれぞれに貼られているのだ。その裏にあった両面テープを咄嗟に利用しようとしたのだ。
「よく思いついたわね...両面テープなんて!」
「いや、これは僕が凄いわけじゃない。この方法は、カイジにだって登場してきた手段さ。だから、僕が行ったのは模倣だよ」
「───健吾は気付いていたの?」
「いや、気付いてはいなかったが、何か隠し種はあるだろうなって思ったよ。トイレに行くなんてあからさまに不自然だったしな」
「それはそうだけど...」
ここまでの話をまとめるとこうだ。
純介は、手札が配られて、♤3と♤Jを捨てずに取っておいた。そして、試合が中盤になったところでトイレに移動してカードを両面テープで固定した。2枚取っておいた理由としては、トランプで場にある残り枚数が偶数になったら疑われるからだろう。
今思えば、純介の試合初期の手札には、たしかに♤3と♤Jが残っていた。ちなみに、試合初期の手札は以下だ。
◇K・♧K・♡3・♡2・♤9・♤Q・♡1・◇J・♤2・◇9・♧1・♡6・「♤3」・「♤J」・♧J・♤7・◇3・♡8・・赤のジョーカー・◇Q・♧7・♡7・♤1・♡K・♧2・「♤3」・「♤J」・◇8
「トランプの枚数を数える機械で助かったよ。手元にある枚数としては変化しないからね。そして、マスコット先生。僕の行為を見逃してくれてありがとうございます」
「ふふふ、まぁ、トランプで手札を2枚引かせる行為はどうかと思うところはありますけどね。西森純介君と松阪マリンさんでルールを変えて再戦でもしますか?」
「僕はいいですよ。勝てるでしょうし」
「私もよ。これで、負けって言われても納得いかないもの」
マスコット先生は、純介の行動を完全に見逃していないようだった。でも、トイレから帰ってきてカードを数えていた時はノリノリで「1,2,3,4...ふふっ、確かにありますね。何か面白いイカサマでも思いついたと思ったら...まぁ、期待外れですね」とか言っていたのに。
きっと、マスコット先生にとってはつまらないイカサマだったのだろう。
「では、正式記録では挑戦者側の勝利───ってことにして2:2になりましたが...ここから先は西森純介君と松阪マリンの負けたら死亡のデスゲームにでもしますか」
「えぇ?!」
一番、驚いたのは純介でも松阪マリンでもなくその映像を見ていた俺だった。
どうやら、西森純介と松阪マリンの負けたら死亡のデスゲームが始まったようだった。
智恵や俺達の生死には関係ないが、友達がデスゲームに出るとするのならば、友達が勝てるように応援しなければならないだろう。
「ゲームの内容は...そうですねぇ...折角トランプが2箱ありますし...そうだ!」
マスコット先生は即興でデスゲームを思いついたようだった。いつもデスゲームを考えているのはGMだと聞くが大丈夫なのだろうか。
「トランプを2箱使ったポーカーを...題して『限界ポーカー』です!」
黒いジョーカー→純介のイメージカラー
♤J→純介のJ
だったり。