4月1日 その⑲
”ガシャァァン”
ジェンガタワーの崩れる音。智恵・美緒・梨央・紬の4人の視線───いや、教室のすべての人物の視線がチームCのジェンガタワーを倒した張本人である池本栄の方に向く。
ある者は「死んだな」と思い、ある者は「可哀想だ」と思った。
「あちゃあ...池本栄君、倒してしまいましたか...」
池本栄に駆け寄ったのは、マスコット先生でした。
「あぁ、俺の負けだ。残念だな」
驚きや悲しみ。そして、死への恐怖で池本栄の顔面がクシャクシャに───
ならなかった。
それどころか、彼はニヤリと笑った。
「負けてしまった、池本栄君には、罰を与えなければなりません」
マスコット先生は、そんなことを言う。
「罰、それは───本日のお菓子は抜き!」
そう、マスコット先生は述べた。
「タワーを...崩せば皆生き残れるの?」
梨央のそんな呟き。智恵の目に、輝きが戻る。
「───まだ...私は...」
智恵の心を渦巻いていた暗黒の何か。それは、智恵が歩んできた道のりや、自分自身へのコンプレックス。総てひっくるめて一言で説明してしまうならば「自らに関するネガティブな感情」だ。
そのネガティブな感情を、栄という太陽は一瞬にして智恵の心から取り去った。
智恵は、浮力の働かない「死」の深淵の中、差し伸べられた栄の手を掴んだのであった。
内部からの変化が見込めなかったが、外部からの変化はあった。
「私だって...死にたくない」
”ドンガラガッシャーン”
智恵は、目をつぶって、目の前にあるジェンガタワーをなぎ倒す。智恵が、そのジェンガタワーに重ねていたのは自らの姿だった。
過去を、愚行を、歴史を、全て取り払った。邪魔なものを消した。
ジェンガタワーを取り払い、壁がなくなった今。
ジェンガタワーが無くなり、遮るものが無くなり智恵は、栄と目があったような気がした。
「よかった、本当によかった...」
美緒がそう言うと、ジェンガタワーが綺麗サッパリなくなった机の上突っ伏す。
「皆、ネガティブなこと、言ってごめんね。これからは、みんなで協力して頑張ろ」
そう、声を出したのは紬だった。
死から開放され、一瞬の安堵がこの4人を包む。柔らかい安堵。それは、優しかった。
「うん、私もごめんね」
───4人は4人共、他3人の過去を聞かない事を心に決めた。
どんな悲劇が出てくるかわからないから。
4人は暗黙の了解として、過去を踏み込んではならない絶体領域───聖域に決定した。
「───。あれ?」
智恵のポケットに若干の違和感があった。そこに入っていたのは一つのジェンガブロック。
きっと、なぎ倒したときに入り込んだのだろう。
智恵は、そのジェンガブロックに書かれている質問を目に通した。
「───池本栄」
智恵は小さな声でそう呟いた。そして、ジェンガブロックを床に落とした。
***
そして、時間は今に戻る。
チームFの部屋では、奥田美緒・菊池梨央・斉藤紬・村田智恵の4人がダラダラと過ごしていた。
「そうだ、気になる人とかいた?」
「気になる人って?」
「イケメンだなって思う人だよ」
「うーん...どうだろう...」
紬は、ビーズソファによりかかりながら、腕を組んで迷う。
クエスチョンジェンガを乗り切り、4人は安寧を取り戻していた。
彼女達のメンタルがどれほど傷ついているか、推量も出来ないがそれを抑えつけて安堵できる程度には脱力していた。
「智恵はいた?」
「いるけど...内緒」
「えー、いいじゃん。教えてよ」
「でも、私には不釣り合いだし」
「望むだけなら、自由なんだからさぁ!」
「言わないよーだ」
「あ、じゃあ...あのチームCの4人はどう?」
「あ、ワタシ稜君好きかもー!」
梨央がそんなことを言う。
「あぁ、稜君イケメンだもんねー」
「うん、ワタシも面食いの自覚はある」
「あ、あるんだ」
「うん」
4人は、笑う。彼女達には、一時の幸せだった。
───いつまで、この幸せが続くのか。
知るのは、GMただ一人であった。
***
チームCの寮では、俺と稜・健吾と純介がだらけていた。
「そうだ、連絡先追加しない?」
「あ、そうだね」
稜の提案に、健吾が承諾する。
「あ、じゃあスマホ持ってこないと」
俺は、健吾と共に自室に置いてあったスマホを取って稜と純介のいる自室に戻った。
すると───
「な...」
スマホが、青く光る。否、これはスマホの背景の色だった。俺の背景は、海で取った写真だったから青くなったのだ。
健吾は緑色に光ったし、稜は赤く光っていた。
「な...何が?」
スマホが、シャットダウンしてしまう。
「───もしかして、スマホが使えないみたいな?」
デスゲームあるあるだ。外部に連絡が不可能。
連絡を断つことによって、警察や外部からの協力者───例えば、怪しい研究者が現れる可能性を無くす。
「あれ、再起動された」
デスゲームあるある、陥落。
スマホには、リンゴのマークが浮かび上がる。これは、スマホの企業のマークであるアッポーだ。
『生徒補助システムです』
「───ッ!」
突如として、スマホが喋りだした。
そこに映し出されたのは、二足歩行をした狐の動物だ。昔、羊が歩いているのを見たがそれの狐verだと考えてもらえればいい。
「これ...は?」
『私はコンシェルジュのコンです。これから1年間、スマホ内でのみ池本栄さんのサポートをさせていただきます』
その狐は、コンシェルジュのコンと名乗った。
───コンシェルジュだからコン。コンだから狐。安直な名前と姿だった。
智恵をいじめるシーンはかなり筆が乗っていた。





