5月6日 その㉝
康太の拳が、蓮也の頬にめり込む。頬を殴られ、後ろに尻もちをつくように倒れた蓮也は、驚いたような表情で康太の方を見て、金切り声をあげた。
「殴った、殴ったな!僕が正しくて、君が間違っているからって、僕のことを殴ったな!」
「何を言ってんだ、蓮也が正しい訳ないだろう!人は死んで終わるのが当たり前だが、人の死で終わるのは間違ってるに決まってる!人の死で物語が終わりだというのなら、この世のどこにもハッピーエンドなんか無いじゃないか!」
康太の正論。そして、拳を握りしめて康太は今にも蓮也に殴りかかろうとしていた。
「康太、やめろ!殴るのは違う!」
俺は、暴力沙汰はよくないという、小学生のような偽善的な考え方だということはわかっているが、それでもその安易な理由に頼らないといけない自分につばを吐きながらも康太を止めに入る。
「それじゃ、蓮也の思う壺だ!生徒会側の思う壺だ!」
「わかってる、わかってるよ!俺だって頭の中では冷静だ!こんな暴力が何も生まないことくらい───ただ、憎しみしか生まないことくらい、因縁しか生まれないことくらいわかってるよ!」
康太は吠える。俺の目に写ったのは、康太の目から浮かび上がっている涙であった。
───そう、康太だって辛いのだ。
例え1ヶ月と少しでも同じクラスのメンバーして生活した仲間が、1時間と少ししか続かなかったゲームで共闘した仲間が、死亡してしまったのだから。
「そ、それに、僕は靫蔓やマスコット先生から脅されていたんだ!ここで勝たなきゃ、死ぬかもしれないぜって!だから、僕は殺したのは僕の本意じゃないんだ!だから、僕は悪くない!」
蓮也は、まだ被害者面を続ける。殺したことを素直に認めて謝罪すればいいものを、蓮也の罪から逃れようとする性格が康太の怒りを生んだのだった。
「謝れ!一言でいい!謝れよ、蓮也!」
康太が、荒らげてこう述べた。どうやら、俺と考えていることは大体同じだったようだ。
「ど、ど、どうしてだよ!僕は、僕は悪くない!僕だって殺したくて殺したわけじゃないし、僕だって死ぬかもしれなかったんだ!正当防衛だ!正当防衛、僕は悪くない!」
蓮也は変な見栄を張る。俺だって、蓮也のその謝らない姿勢には次第に腹が立ってきた。
でも、俺が怒れるほどの立場でもなかったのだ。
「───」
「蓮也、じゃあもいい。お前はもう寮に帰れ」
「あぁ、そうさせてもらうよ。どうせ、ここにいてもされるのは誹謗中傷だけだろうしね」
そう言うと、蓮也はグラウンドを出て自分の寮に帰っていった。
「───クッソ...なんで、なんでだよ...一言くらい謝ったっていいじゃないか...」
康太の目からは、涙が溢れる。俺は、康太と一緒に泣けるほど優しい心は持っていなかったようだ。
俺は、心のなかで蓮也を責めるとともに泣けない自分を責めた。
───そして、第4ゲーム『分離戦択』の1日目は、最悪の状態で幕を閉じたのであった。
明日行われるのは、4回戦と5回戦。
その両方で勝利を掴まなければ、いけないことが確定してしまった。
「───もう、負けられない...絶対に、負けられない...」
───と、俺は奈緒が死亡したことで少し気になることができたのだった。
俺は、俺の持つ疑問の答えを持つ人物の元に向かう。
***
「───嘘、奈緒...嘘でしょ...」
蓮也と康太が剥き出しになった感情をぶつけ合っているのとほぼ同刻。
奈緒の死を、その双眸で見てしまいその場でへたり込んでいた女子の姿があった。
その女子───それは、秋元梨花と佐倉美沙、そして橋本遥の3人であった。
奈緒と同じ寮だった3人であった。
「ほら、だから言ったんだよ...私は...」
そう言って足を震わせながら泣いているのは遥であった。
「だから、デスゲームに参加するのはやめとけって...」
橋本遥は悔やんでいた。自分が、もっとしっかりと止めていれば奈緒はデスゲームに参加せず死ななかったのではないか。
───相手に「ダブルスイングを投げる」だなんて言わなかったのではないか、と。
今思えば、奈緒は格好の的だった。あの状況、蓮也が勝つには「ダブルスイング」に「ナイフ」をぶつけて殺すしかなかったのだ。
それでいて、相手が「ダブルスイングを投げる」だなんて言われて、ナイフを投げない人物がどこにいると言うのだ。
しかも、蓮也は脅されてマウンドに立っているのだ。ここで勝利しなければ、どんな仕打ちを受けるかなんてわからない。
「───私なら、そんなに敵を信用しなかったのに...」
「やっぱり、男の人って怖いよ...ミサのことを強姦するし...しかも、自分は悪くないって...」
3人は、奈緒の死体が死体回収班の手によって回収されるのを見ることしかできなかった。
「───デスゲームなんて、間違ってるよ...」
声を震わせる梨花。数時間前に彼氏となった拓人は、その場にはいなかった。
───そして、これまでの人生を男の手によってマイナスへと引きずられた3人は、再度人間の恐ろしさを目の当たりにして、心を閉ざしていくのであった。