5月6日 その㉜
「奈緒、奈緒、奈緒!」
俺は、奈緒の名前を呼ぶ。ナイフが胸に突き刺さり、直に死亡してしまうであろう奈緒の名前を呼ぶ。
「───ごめん...栄、ボクじゃ駄目だった...みたいだ...」
奈緒は、そう言うと微笑む。だが、その笑顔は痛みからか少し歪んでいた。
「奈緒、奈緒は悪くない!」
「マスコット先生、応急処置を!」
「ダメです」
「───ッ!どうして!」
奈緒は、まだ息がある。康太が、マスコット先生に応急処置を願おうとしてもマスコット先生に断られてしまう。
───わかっていたはずだ。3回戦『バッターナイフ』のルールで死亡すると明記してあるのだから。
しかも、瞬殺ではなく今回はジワジワと体力を奪い殺害してくるタイプであった。
これは、奈緒に話す猶予を与えているのと同時に、こちらが何もできない時間をも与えているのだ。
俺達は、ただ奈緒が弱っていく姿を見ていることしかできないのだ。
「康太も、ごめんな...ボクが油断したばかりに...」
奈緒は、命乞いすることもなく死を受け入れているようだった。
「───奈緒は悪くない...悪いのは俺だ!」
実際、悪いのは俺ではなく蓮也だろう。だが、俺は蓮也を責めない。
蓮也だって、脅されていたのだから。もしかしたら、智恵が連れ攫われなければ第4ゲームは起こらなかったはずだから、悪いのは智恵を取り返せなかった俺なのだ。
「でも...よかったよ...」
奈緒は話すことを止めない。俺達も、奈緒のことは助からないとわかってしまっているからその言葉に耳を傾ける。
「ボクは、ここで死ななかったら何も結果を残さずに死んでいたのかもしれない...まぁ、残したのは最低最悪なものだったけどね...」
奈緒が死亡することで、第4ゲーム『分離戦択』の3回戦『バッターナイフ』での敗北が決定し、これで挑戦者側が1勝・生徒会側が2勝と相手にリーチをかける状態になった。
───だが、だからといって俺は勇猛果敢に戦ってくれた奈緒を責めることはない。
責めることはできない。
「───ありがとう、ボクを頼ってくれて」
奈緒のその言葉。そして、奈緒の目が閉じた。
「───奈緒?」
奈緒の体から、一気に温度というものが消えていく。一気に冷たくなっていく。
「───本当に...死んじまうのかよ...」
実に、1ヶ月ぶりの人の死。
───いや、5月2日の深夜に田中・コロッセオ・太郎が森宮皇斗の手で殺害されているから、生徒の死亡は、4月7日の小寺真由美の死亡以降実に1ヶ月ぶりであった。
「奈緒...?」
康太の声がする。俺は、小さく首を振った。もう、奈緒は死んでしまった。
「蓮也、お前のせいでッ!」
康太は、俺の動作で奈緒の死を確認したのか、己に溜め込んでいたであろう無力感を怒りに変えて蓮也にぶつけようとしていた。
───俺に、それを止める権利はなかった。故に、マスコット先生の方を見る。
「止めてください」と、懇願するような眼でマスコット先生のことを見る。
その、俺の瞳に勘付いたのか、マスコット先生は俺の方に来てこう伝える。
「残念ですが、私にあの喧嘩は止められません」
「───なんで、デスゲームは終わったから...」
「だからこそ、ですよ」
マスコット先生は、こそこそ話をするかのように俺の耳に顔を近付けてそう言った。
「───は?」
マスコット先生の言う意味がわからなかった。奈緒が死んで、なんとも言葉で言い表せないような複雑な感情に皆が包まれている中で、何かを考えられるような心中ではない中で、マスコット先生の言う裏の裏の裏まで考えなければならないような言葉の意味は、俺には難しすぎた。
「簡単なことです。デスゲームだからこそ、ルールの範囲内で行われていましたが、今行われたのはデスゲームの終了時の延長線にある喧嘩なんです。3回戦『バッターナイフ』は生徒会側の勝利で終わりました。それが決定した今、彼らの喧嘩を止める理由なんて、私には無いんですよ、池本栄君」
「───なんだよ、それ...」
マスコット先生は、喧嘩を止められない。そして、傍観者も喧嘩は止めない。
───ならば、止めるのは俺しか無いではないか。
「池本栄君、責任を取りなさい」
「───」
俺は、康太と蓮也の会話に耳を傾ける。
「お前さえいなければ、お前さえいなければ奈緒は死ななかったはずなのに!」
「何を怒ってるんだよ、康太。これはこう言うゲームだろう?人が死ぬゲームを選んだのはそっちじゃないか!それなのに、どうして僕に怒りをぶつけるの?間違ってる、間違ってるよ!」
どうやら、蓮也も康太に言い返しているようだった。康太は、蓮也の首筋を掴み今にも殴りかかりそうだった。
「それに、ダブルスイングを選択するって言ったのは奈緒だ!あのままじゃ負けるのは確定だった僕を迂闊に信用した奈緒の方が悪いとは思わないの?僕は悪くない!」
「こっちは、お前のことも生きれるように頑張って調整していたんだぞ!なのに、なんでそんな残酷なことができるんだよ!」
「僕を助けようとしたのは、そっちの都合だろ!僕には関係ない!どうして、いい事をしたら見返りがあるって信じ込んでるんだよ!デスゲームなのに信用したそっちが悪い!僕は悪くない!」
「───んだと!勝ったからって調子に乗りやがって、この野郎!」
怒りに任せ、康太が蓮也のことを殴る。
───康太の正義感と、蓮也の自己防衛が拳となってぶつかり始めた。