4月1日 その⑱
智恵の目から、音もなく溢れる涙。智恵は、嗚咽を我慢している。
この歳にもなって、泣くなんて恥ずかしいからだ。
「死」は怖くなかった。ただ、仲間を危険に晒すことが怖かった。「死」に晒してしまう自分が憎かった。
「じゃ...じゃあ私だね」
智恵が引き終わり、美緒のターンになる。この暗い雰囲気の中、明るい質問は避けたかった。
パーフェクトジェンガが叶わぬ夢になった今、引くのはどこでもいい。7段目の左側を引き抜いた。
「嫌いな食べ物は?だって」
美緒は無難な質問で、少しホッとする。ここで、恋愛関係なんて出てしまったら場は崩壊するだろう。
「私が嫌いな食べ物はきのこ類かな」
「はは...そっか」
梨央の愛想笑いで済まされてしまう。智恵は、目からこぼれ出てしまう涙を拭くのでいっぱいいっぱいだし、紬はただ陰鬱としたオーラを醸し出している。
「じゃ、じゃあワタシだね」
梨央によって押し出されるのは14段目の真ん中。
ここで、先程の「嫌いな食べ物は?」のような無難な、誰も傷つかないどうでもいい質問が出ればよかった。
───だけど、現実は残酷。
「今まで告白された回数は?だって」
現れたのは、恋愛に関する質問。嘘なしの、女を語るであろう愛の数を答えさせられる。
「13...かな」
梨央は、そう答えた。その顔に、笑顔はない。どこか、暗い表情になる。
本当なら、「へぇ、多いね」とか「すごーい」とかいう軽いコメントが返されるのだろう。
だけど、今は違う。虐待の話をしてしまい、焦りでミスをしてパーフェクトジェンガを逃してしまった今。
「梨央は...皆から愛されてるんだね」
そう、智恵は言った。智恵の過去に、何があったのか。わからない。
知る由はないのだ。梨央にも美緒にも紬にも、智恵の過去を知る由はない。
智恵が、語るはずないのだ。語れるはずがないのだ。自らの汚点を。
騙され、裏切られ、弄ばれ、全てが空回りした聞くだけで吐き気を催すような過去を自らがそれを再度思い出すような愚行を───過去を語るような行為を行うことがないのだ。
死という瀬戸際に立たされて、自己犠牲精神に駆られる少女と、助けられず悔やむ少女と、苦労してここまで生きていたと錯覚していた少女と、愛を知らない少女は覚醒した。
もちろん、サイヤ人のように髪色が変色し、力がつくわけじゃない。
言葉では到底表せない───いや、表してはいけない感情が、フツフツと心の中で渦巻いていた。
喜怒哀楽では表現できない言わば「第五の感情」。その感情が、少女達を死へと誘う。この少女達だけでは死という滅亡からは逃れられない。誰かに救ってもらわなければならない。
そんな、シンデレラのような妄想。白馬の王子様などいないことは、わかっていた。
一度、そんな存在は一度も彼女たちの人生に現れたことはなかった。
蔑まれ、否定させられた人生。そんな中に、白馬の王子様なんてのはどこにもいなかった。
「つむの...番」
そう言うと、紬は2段目の右側を静かに引き抜く。
「あ...」
そこに書かれていた文字、それは───
あなたにとっての「愛」とは?
だ。
「つむにとっての愛?」
悲劇に重なる悲劇。憂いに重なる憂い。憂鬱と悲劇の二重奏が、チームFの4人の脳内で響き渡る。
「つむにとっての愛は───」
そう、述べようとした瞬間だった。
「皆、聞いてくれ!このゲームで全員が生きて生存する方法を思いついた!」
そう叫んだのは、中村康太だった。突如、立ち上がったその少年。
4人のシンデレラの目に、中村康太は白馬の王子様に写ってしまった。
───だが、それは偽りの仮面。中村康太は白馬の王子様なんかではない。
「静かにしろと言っているのがわからないのか!その装飾にもならない2つの耳を取り外してバンズに挟んで食わせてやろうか?!」
中村康太の、次なる言葉を待つ前に飛んできたのは、森愛香の怒号。
彼女達4人の目には、中村康太は「白馬の王子様」として写っている。ならば森愛香は「魔女」として映っているだろうか。
「す...すまない...」
怒号に屈する白馬の王子様こと中村康太。萎縮してしまった彼は、そのまま席に座ってしまった。
───開かれたと思った活路は、幻影だった。
やっとの思いで見つけた僥倖は、紛い物だった。
「はは...もう...駄目だ...」
紬が答えたら、智恵のターンになる。このままなら、智恵は赤いジェンガ───引き抜いたら死ぬジェンガを引くだろう。
「つむに取っての愛は、反応すること...だよ」
紬は、そう答えた。
紬にとっての愛は「反応すること」。相手にしてもらうことだった。
紬が努力をする理由。それが、反応してもらうことなのか。
やはり、紬も壮絶な過去を隠している。無邪気に笑う紬にも、日の当たらない部分には暗闇が出来てしまう。
それを、必死に隠しているのだ。
智恵と紬の対比。それよりも、美しいものはあっただろうか。
「私の...番だね」
ついに、3周目の智恵のターンが来てしまう。
智恵のターンが来る前に、誰かが赤いジェンガを引いていれば智恵は死ぬことはなかった。その代わり、別の誰かが死んでしまう。そんな自己犠牲の精神は誰も持ち合わせていなかった。
内部からの変化は───少女4人の心持ちの変化はもう変えられない。
暗闇のどん底にいる彼女達を、光明の方へ引き上げるためには、暗闇に手を突っ込み誰かから引き上げてもらう必要がある。
水とは違い、浮力の働かぬ「死」の深淵の中、「死」を認めてしまった智恵は赤いジェンガを手を伸ばし───。
”ガシャァァン”
智恵が、赤いジェンガを引き抜く直前。ジェンガタワーが倒れる音がする。
チームCのジェンガタワーが、勢いよく倒れたのであった。
──そのジェンガタワーを倒したのは、「真の王子様」である池本栄であった。





