5月6日 その㉔
「それじゃ、ルールの説明はこれにておしまいだ。これだけ熟読する時間を与えたんだからもうすぐにでも試合を始めたって問題ないだろ!」
靫蔓はそう言うと、手を叩き第4ゲーム『分離戦択』の3回戦『バッターナイフ』を始めようとしていた。
従来の野球であれば、ホームチームが後攻でビジターチームが先攻になるのだが───今回はどう決めるのだろうか。
挑戦者側も生徒会側も、どちらも1回ずつ勝利を獲得しているので、どっちが今のところ有利───というものはない。
「このコートを用意したのはマスコット先生で、マスコット先生は駒として生徒会側に参戦するから、今回は蓮也が後攻だ」
挑戦者側の康太と奈緒の2人が───俺達のほうが先攻になったようだ。
「それじゃ、頑張ろうぜ。奈緒」
「もちろんだ。ボクも手を抜こうとは思わない。勝とうじゃないか、康太」
2人は、拳と拳をぶつけた。
「そんじゃ、先攻のどっちかはマウンドに立ってくれ」
靫蔓の指示で、片方がマウンドに立つことになった。マウンドに立つのは、どうやら一人のようだった。
「挑戦者側は交互にマウンドに立つ人を決めてくれよ。それと、指示や作戦会議は自由に行っていい」
靫蔓が、補足される。守備の時に駒とバッターを交互に行うのと同じようだった。
「単純計算で、自分が死ぬ危険は1/2に軽減するのか?」
「ははは、そうなるだろうね。笑えない話だが、笑えてくるよ」
康太の疑問に、奈緒が笑ってそう答える。
このゲームで死亡するのはナイフがダブルスイングに当たった時のみだ。挑戦者側が守備側をやる時は康太と奈緒が交互に交換するが、蓮也は毎ターンバッターをしなければならないので、蓮也と比べれば康太が死ぬ確率は1/2となっている。奈緒も同じだ。
「かつ、ピッチャーの時は死ぬことはない」
奈緒の言葉。先述の説明と、奈緒の言葉の両方への補足だが、禁止行為で死ぬ可能性は抜いている。
禁止行為に怯えてばかりいては、何も行動できないからだ。
「それじゃ、俺が最初ピッチャーでいいか?」
「ボクは一向に構わないよ」
康太の提案に、奈緒は頷く。そして、奈緒はマウンドを後にして俺達傍観者が座っているベンチの1つに座った。
「んじゃ、早速。ゲームを開始する!」
第1回表 投手中村康太 打者成瀬蓮也
康太は、用意されたピッチングマシンの前に用意された6つの球に書かれた文字を見る。6つの球の色は全て同じ白色だが、そこに書かれた文字は違かった。
6つの内の4つは「ボール」と書かれているが、残りの2つには「ナイフ」と書かれていたのだ。
「ナイフ、か...」
そう呟く康太。球をそれぞれ握って重さを確認しているようだった。
「形状、重量、色味は全て同じ。違うのは書かれている文字だけか...」
康太は、用意された6つの球を触れて「ボール」と「ナイフ」の違いを探していたようだった。
一方、生徒会側であり1回表のバッターである成瀬蓮也の方にはいつの間にかタブレットが置かれていた。
そこには、「バリア×2」と「スイング×3」と「ダブルスイング×1」の3つの選択肢が用意されていた。
そして、悩むようにしてどれを選ぶか考えていたようだった。
今思えば、これは野球を模したゲームだと言うのにバットすらも用意されていない。あるのは、ピッチングマシンとタブレットであった。これで本当に野球と言えるのだろうか。
「───うーん、1回表の1球目、何を選べばいいんだろう...」
康太は迷うように球を見ていた。奈緒は、ヒントもアドバイスもあげるような気はなさそうだ。
きっと、康太の判断を信じているのだろう。まだゲームに慣れておらず言うことがないだけなのかもしれないが。
───と、ここで気が付いてしまう。
このゲームで、相手に1点も稼がせずにターンを終わらさせるには「ナイフ」を2回「スイング」に当てることなのだ。
スイングを2回消費させてしまえば、残っているのは「スイング×1」と「ダブルスイング×1」だ。
この2つを使用しても、進めるのは3塁まで。1点をも稼がせないのだ。
「相手のバリアを見極めて、ナイフを投げるか...」
康太は、熟考した後にピッチングマシンに1つの球を込めた。その文字は、蓮也に見えないように手元に隠されていたので俺にも見えなかった。
「俺は選択したぜ。蓮也、お前は何を選ぶ?」
「え、あ、えっと...」
オドオドしたような態度で、蓮也はタブレットへ手を進ませる。どうやら、教室で目立ったような行動をしていない蓮也には───陰キャなタイプの蓮也には、教室の中心にいる康太のようなタイプの人間は苦手なようだった。
もしかしたら、俺のことも苦手なのかもしれない。でもまぁ、第3ゲームで蓮也のことは臨時教師の手から救い出したのだしある程度の信用というものはあるだろう。
「ぼ、僕も選んだよ」
そして、蓮也はタブレットに表示されている3つの選択肢の中から1つを押した。どれを押したかは、蓮也の背中で隠されて見れなかった。そもそも、お互いに見せるようなことはしないだろう。
「では、1球目」
靫蔓ではなく、マスコット先生の口からそう告げられる。そして───
ピッチングマシンから放たれたのは1本のナイフ。
そのナイフは、蓮也の目の前でまるでジョ◯ョに登場する幽波紋のように、背後霊のような感じで現れた自動で動くバットにぶつかり地面に音を立てて落下した。
康太が1球目に使用したのはナイフで、蓮也が使用したのはスイングであった。