5月6日 その⑳
***
「お前が栄の恋人か。名は智恵と言ったっけか?」
「───あなたは...」
とある空間にて、智恵と対面するのは神戸トウトバンダーであった。その部屋には、第4ゲーム『分離戦択』の1回戦『リバーシブル・サッカー』に出場した飛騨サンタマリアや、靫蔓に、智恵の見守りを任せられた柊紫陽花と深海ケ原牡丹がいた。
もっとも、柊紫陽花は、居眠りをしているためにその場にいるだけで会話に参加することはなかったが。
「暇してたのか?」
「あ、えっと...少し皆の昔話を...」
智恵は、神戸トウトバンダーの質問に少しぎこちないながらも答える。それもそのはず、智恵の周りは先代・先々代の生徒会ばかりなのだ。ここは、敵地の真ん中と考えてもいいだろうし、捕虜として捕らえられていたのだから、安心できるわけがない。
「昔話か」
「まぁ、はい。そうです。それと、その話し方...」
「やはり、疑問に持つか」
神戸トウトバンダーは、2重で音が重なるような話し方を指摘される。
「そうだ、トウトバンダーも昔話をしてあげたらどうです?と、私は提案する。というのも、私も深海ケ原牡丹先輩も柊紫陽花先輩も過去の話をし終わっていたのだ。私は、誰の昔話も聞けず自分の話を今終えたばかりで、丁度良かったし、私自身神戸トウトバンダーの昔話には少し興味があった。」
「飛騨サンタマリアも聞きたいのか」
「初対面なんですけど...いいんですか?」
智恵が、不安そうな声をかけてくる。その問いかけに、神戸トウトバンダーはこう答える。
「人に話せないような過去ではない」
「す、すいません...」
智恵が、少し涙目になりながら謝罪した。そして、神戸トウトバンダーは気が付いた。
───目の前にいる智恵と言う少女の過去は、親しい人にすら安易に話せないほどに凄惨なものなのだと。
「いや、すまない。俺が悪かった」
神戸トウトバンダーは、素直に謝罪する。生徒会メンバーだったからと言って、全員が全員悪意に満ちたド屑な性格なのではないのだ。
「それじゃ、早く話を始めてよ、と私は神戸トウトバンダーを急かす。私だって、人の昔話に興味がないわけではなかった。」
「これは、俺の昔話だ」
***
神戸トウトバンダー───俺は、生まれながらにして五感が優れていた。
耳を澄ませば遠くの囁き声も聞こえるし、目を見開けば100km先のものだって見ることができる。一瞬で触れられればその物質が何でできているかなどが判別つけられたし、匂いで持ち主を誰か当てられることだってできた。そして、味利きなんてのも余裕であった。
しかも、それが常時オンなのではなく、オンオフの使い分けができたから使い勝手が非常によかった。
パラジクロロベンゼンなどの強い匂いを発するところでは嗅覚機能を平常の人間と同じ程度まで下げることができたのだ。
───と、これだけ聞けば非常に便利な機能のように聞こえてしまうだろう。
だが、弊害というのもあった。俺は、五感が発達しすぎているあまりに「勘」や「インスピレーション」なるものが全く働かないのだ。
要するに、俺は見たもの聴いたものはすんなり覚えられたりするが、勘やインスピレーションというものは働かない───要するに、0から何かを生み出すことが一切できなかったのだ。
他にも、その特異な喋り方から人からは疎まれた。
普通、一言で2つの別々の言葉を喋る人と親しくしようとする人なんていないのだ。しかも、この喋り方だけはオンオフ切り替えることができない都合の悪いものだった。
この喋り方によって、いじめられていた訳ではないが、確かに人からは避けられていた。
───そして、第4回デスゲームに参加する。
そこで出会ったのが、運動神経が異常に発達している飛騨サンタマリアと交感神経が異常に発達している田中・コロッセオ・太郎であった。
彼ら彼女らも、異常に発達しすぎている自分の体が原因で人に避けられていたらしい。
田中・コロッセオ・太郎においては、副交感神経がほとんど作動しないために、心拍数の増加だったりで困らされていたらしい。
俺達は、神経関係で悩まされているということで仲良くなった。もちろん、松阪マリンもそれに含まれる。
もっとも、松阪マリンの異常に発達した神経にはマイナスと呼べるような点がなかったのだが。
***
「───と、こんな感じだ」
神戸トウトバンダーは、自分の過去を話し終える。
「いえ、そんなことないよ。そう、私は神戸トウトバンダーに伝える。だが、正直に思った感想としては内容が薄い───だ。言ってしまえば、平々凡々とした人生だったと言えるだろうが、彼には彼なりの辛さがあっただろうから何も聞かないでおこう、とそう思った。」
「何を言ったって構わないよ」
飛騨サンタマリアが、神戸トウトバンダーの感想を率直に述べた。実際、とても濃い内容とは言えない。
───いや、目の前にいる智恵や深海ケ原牡丹の過去の内容が酷く重くて濃いのも原因の一つになるだろう。
「一つ疑問に思ったんだが。」
「えっと...なんですか?」
「智恵の過去と牡丹先輩の過去って似てたりするか?」
神戸トウトバンダーの質問に、智恵は小さく首肯いた。その反応を見て、神戸トウトバンダーはこう呟いた。
「すまないな。野暮な質問をして」
そう言って、神戸トウトバンダーはその場を後にする。その背中を見て、これまで一言も発していなかった深海ケ原牡丹が声を出す。
「・-・・ ---- ・・-- -・・-- ・・- --- ・--・ ・-・ ・-・-・ ・-・-- -・ ・・ --- -・-・ -・・-・ ・--・ -・-- ・・・ --- ・-・ ・- --」