4月1日 その⑰
「では、各々ゲームを始めてくださいねー!遅延行為を行った人には電撃が流れますので!」
チームFの4人───奥田美緒・菊池梨央・斉藤紬・村田智恵はマスコット先生の言葉と共に、クエスチョンジェンガを始める。
「えっと...これは、最初に引く人も大事じゃない?」
「えぇ、そうね。最初に引きたい人はいる?」
「はーい!ワタシ最初がいい!」
元気よく手を上げたのは梨央だった。
「じゃあ、梨央から時計回りでいい?」
「うん」
梨央・紬・智恵・美緒の順番になった。
「えっと、赤いジェンガが引いちゃ駄目なんだよね?」
チームFの赤いジェンガは、下から8段目の真ん中に位置していた。是とも否ともつけ難い場所。
「んじゃ、ワタシから行くよ」
梨央は、赤いジェンガの真上である9段目の真ん中を押して抜いた。
「えっと...あなたの座右の銘は?だって。なんだろ...」
梨央は、顎に手を上げてすこし考える。
「『笑顔第一難事第二』、かな?」
「何、それ?」
「ママの作った造語。笑顔が一番大事だから、『笑顔第一』で、その次に困難を乗り越えることも大切だから『難事第二』だってさ」
「いい言葉だね」
「うん」
「じゃあ、次はつむの番だね」
紬は、5段目の右側を引き抜く。
「えっと...好きな食べ物だって。つむはオムライスが好きー!」
「あー、わかる、オムライス美味しいよね」
紬はインコのように頷く。
「じゃあ、次は私だね!」
智恵は、12段目の左側を引き抜く。
「得意教科は?だって。うーん、私、勉強は全般苦手だからなぁ」
「じゃあ、運動は?」
「運動も苦手。強いて言うなら、現国かなぁ?」
智恵は下唇に右手の人差し指を当てながら答える。
「お、テストの最高点は?」
「65!」
高いとも、低いとも言えない微妙な点数が述べられ智恵が勉強が得意じゃないことを理解する。
「古典は苦手で、9点なんだよねぇ...」
「マスタードネキ?!」
「うん?」
美緒の行ったツッコミは、誰にも伝わらなかった。美緒は頬を赤らめて一回咳を挟む。
「じゃあ、私の番ね」
美緒はそう言うと、1段目の真ん中を押して抜いた。
「ええと?好きな動物は?だって?パンダ...かなぁ?」
「パンダか。もう日本で見る機会は少ないもんね」
「リアルパンダ、見たこと無いんだよねぇ」
「え、嘘?」
「本当。福井に住んでると、東京か和歌山・兵庫のどれにも遠いからパンダを見る機会が無くて...」
パンダは日本の3つの動物園にしかいない。旅行でその動物園に行かない限りは、見ることができないのだ。
「東京旅行に行った時は、赤ちゃんパンダが生まれたとかで予約制で見れなかったんだよねぇ」
そんなエピソードを聞く。
「じゃあ、見れると良いね。パンダ」
「うん」
そして、1周目が終わり2周目に突入する。
「ワタシだね。えっと...え?」
梨央が押し出したのは13段目の真ん中のジェンガだ。そこに書いてあったのは「虐待を受けていましたか?」の文字。
「虐待?」
「はは...まさか。受けてるわけないよ」
梨央は笑って答える。
───笑っていたのは、梨央だけだった。
「え、ちょっと。何この空気...」
自らの行動が間違っていたか、不安になる梨央。もしかしたら、梨央以外の3人───美緒・紬・智恵は虐待を受けていたのじゃないか。
紬が、何も言わずに、4段目の左を引く。そして、何を引いたかも言わずに「両親」とだけ答えた。
そして、ジェンガの文字を読ませないようにその場に伏せる。
「あ、あ、私がやるね」
智恵が焦って11段目の右側を引き抜く。
「あ!」
智恵の他、3人が気がつく。
───そこを引き抜くとパーフェクトジェンガができなくなってしまうということに。
「え、あ」
焦りから生まれてしまったミス。それは、3人の命を蝕んだ。
「皆...ごめん」
智恵は、泣きそうな目で謝る。智恵を掻き立てるのは、「死」の恐怖だった。
「で、質問の内容は?」
美緒が、話題を変えようとして質問のことを聞く。起こってしまったことは、いくら悔やめど元には戻らない。
「...自らのコンプレックスは?だって」
智恵は、そう答える。
「私は...何も出来ない駄目な子だから。全部が、コンプレックス...かな」
誰も、何も言えなくなってしまう。
きっと、今智恵を救う言葉は「そんなことないよ」じゃないはずなことに気付いていたのだ。
もはや、その逆。「そんなことないよ」という言葉は智恵をより苦しめる。
だから、誰も言葉をかけなかった。
「はは...ごめんね。こんな、暗いこと言って」
智恵は、今にも泣きそうな顔で笑う。否、智恵はもう泣いていた。その目から、涙が溢れていた。
パーフェクトジェンガに至る道を無くし、この中の誰かが確実に死んでしまうような状況になったからだ。
自らの過去を想起させ、その焦りが自らを死に至らしめた。
「死」は刻一刻と智恵達に近付いてきていた。
その「死」は毒なんかよりよっぽど明確なものだった。
栄達が、パーフェクトジェンガに進んでいくに連れジェンガタワーが崩れ落ちそうになるのを「毒」と表現したのだとすれば、智恵達がパーフェクトジェンガの道を閉ざされた今は「紙やすり」だと言えるだろう。
体の末端から、ジョリジョリジョリジョリと体を蝕んでいく紙やすりは、毒なんかよりも「死」が明白だった。体が削られれば削られるほど、心も共に削られていく。
「ごめんね...次のターン、私が赤いジェンガを引くよ」
目を埋めつくす涙を拭い、智恵はそう宣言した。
智恵は、ここまで生きてきた中で、何度自殺を考えただろうか。
───彼女は、もう死を望んでいた。
───価値の無い自らは、この世に存在する必要がないと考えていた。
───ここで、智恵自身が死ねば、他の3人は生き延びることができる、と自らの価値を間違って捉えていた。
───誰か、彼女を救ってくれ。
───「絶望」の味さえ忘れてしまった彼女を、「幸せ」で満たしてあげてくれ。





