5月6日 その⑱
第4ゲーム『分離戦択』の2回戦『パラジクロロ間欠泉』は、稜が詰んでしまい負けを認めたために敗北した。この事実は変わりない。
───これで、挑戦者側と生徒会側が1vs1のトントンになってしまった。
相手に追いつかれた感じだ。残りの3試合で、2勝した方の勝ちになる。
「それでは、教室に戻りましょう!」
マスコット先生がそう手を叩く。すると───
俺の視界が一瞬暗黒に包まれた後、いつも通りの『3-Α』に戻ってきていた。全く、どんな方法でこんなことを行っているのか俺は全く理解ができない。
───と、クラスの白板の前に一拍遅れてやってきたのは試合に出ていた稜と神戸トウトバンダーであった。
「いい試合だった」
「───こちらこそ...だ」
稜と神戸トウトバンダーは握手をして試合を終える。
「稜...」
「栄...」
稜が、俺の方に走ってくる。その目には、涙が映っていた。
「栄、ごめん!ごめん!俺、栄に信用してもらって、勝つって大口叩いたのに勝てなかった!俺を殴れ。力いっぱいに俺を殴れ。俺は試合の途中、一回諦めちまった!勝てないのならハンデなり泥なり啜って受け入れればよかったのに、カッコつけちまった!俺を殴ってくれ!そうしないと、俺は栄と抱擁する資格だってないんだ!」
「稜、でも...稜は俺の為に、智恵の為に最後まで戦ってくれたじゃないか!なら、俺は稜のことを殴れないよ!だって、稜は最後まで諦めずに戦ってくれたんだ!」
「理由なんかどうだっていい!俺を殴ってくれ!俺は、自分自身を許せないんだ!」
殴ってほしいというのは、稜の願いだった。まるで、走れメロスの最後のようなシーンだった。
きっと、メロスなのは稜で、俺がセリヌンティウスなのだろう。今、人質に取られているのは俺ではなく智恵なのだが。
俺は、全てを察して首肯いた。そして、教室いっぱいに響くほど音高く稜の右頬を殴った。
容赦はしなかった。ここで容赦をするのは、稜への侮辱だと思った。
───そして、走れメロス同様俺もこう伝える。
「稜、俺を殴れ!同じくらいの強さで俺を殴れ!俺は、稜の頑張りを見て、もう負けてもいいかもなって思ってしまった!残りの3試合で頑張ろうって思ってしまった!稜の勝利を一度だけ、ちらと疑ってしまった!デスゲームが始まって初めて勝利を諦めた!稜の努力を無下にした!だから、俺を殴ってくれ!そうしてくれないと、俺は稜と抱擁できない!」
稜は腕に唸りをつけて俺の頬を殴った。痛かった。だが、どこかスッキリしたような気がした。
「「ありがとう、友よ」」
俺と稜は原作通りの台詞を言って、互いに抱き合った。稜の目からは涙がこぼれていたが、俺の目からは涙が出なかった。自分の薄情さに涙が出てきそうだった。
稜の体は、ずっと間欠泉の近くにいたのか服が濡れており、少し震えていた。もちろん、濡れて寒いのもあるだろうが、それよりも泣いている震えなのだろう。
傍観者の中からも、咽び泣くような声が聞こえてきた。邪智暴虐な王───暴君ディオニス───ではなく、マスコット先生は教室の片隅で俺達の様をまじまじと見つめていたが、やがて静かに俺達の方にやってきた。そして、顔をあからめてこう言った。
「いやぁ...素晴らしい。素晴らしい!こんなに感動するというものなのでしょうか!育まれた友情というものがこんなに感動するものなのでしょうか!デスゲームで、こんな感動することが過去にあったでしょうか!いいや、ない!ここまで感動したのは、私は初めてです!デスゲームものなのではなく、ここからは笑いあり涙ありのスポーツ漫画に、連載を長引かせるような恋愛要素を含みこんだ高校青春ハートフルストーリーに───いや、ないですね。デスゲームでこれほどの感動が手に入ったのです。デスゲーム続行決定は決定的です」
マスコット先生は、そう述べた。もしかしたら、デスゲームが終わるかもしれなかったのに。
だが、マスコット先生がこの程度のことでデスゲームを終わらせるだなんて思わなかった。もちろん、試合は続行だ。
───だが、俺は今この瞬間を噛み締めておきたかった。
親友が俺のため智恵のため皆のために戦っていたのに、命を懸けて戦ってくれていたのに、俺はその勝利を諦めるようなことを思ってしまった。そして、友情を再確認したようだった。
───お互いに1発ずつ本気で殴り合ったからって、友情が崩壊する訳ではない。
それどころか、お互いに1発ずつ本気で殴り合ったからこそ、友情が再確認できたのだ。
デスゲームだからと言って、俺達の友情が育まれない訳ではなかったのだ。
「稜君、これ。保健室から借りてきたバスタオル。その...使って」
───と、稜に紺色のバスタオルを手放しするのは梨央であった。
きっと、彼女は勝負を終わった後すぐに保健室に向かってこの紺色のバスタオルを貰いに行ったのだろう。
「───?」
稜は、何故バスタオルを渡されたのかわかっていないようだった。だから、俺は教えてあげる。
「稜、君はびしょ濡れじゃないか。早くそのバスタオルで体を包むといい。梨央は、稜の体が透けて見えるのが、たまらなく口惜しいんだ」
勇者は、ひどく赤面した。
走れメロス:太宰治
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