5月6日 その⑰
マスコット先生のルールへの干渉によって、第4ゲーム『分離戦択』2回戦『パラジクロロ間欠泉』は新たなものへと生まれ変わった。
具体的に説明するのであれば、間欠泉の量が異常に増えたのだ。
マスコット先生のルールに介入してくる姿を例えるとするのならば、それはまるで神のようであった。
国富論で例えるのであれば、神の見えざる手のように。楳図かずおさんの作品からそれを例えるのであれば、神の左手悪魔の右手。古代ギリシアの演劇で例えるのであれば、デウス・エクス・マキナのように。
「───と、これだけ間欠泉が増えたって次が俺のターンってことは変わらない。それは、ゲームを行うにおいて変更されない摂理だ」
そう言うと、稜は、右斜め上に動く。
13ターン目挑戦者側 稜(角行)2二
大量の間欠泉を囲まれている将棋盤の上では、縦横無尽に動かすことはできない。それは、稜も神戸トウトバンダーも同じことであった。
「悪手だな」
そう言うと、神戸トウトバンダーも動く。
13ターン目生徒会側 トウトバンダー4二
神戸トウトバンダーが動いたのは、4二だ。間欠泉を挟んで、稜の反対側にいる。そこは、稜の行動を制限するたちの悪い場所だった。
神戸トウトバンダーが、稜の動きを「悪手だな」と言ったのも頷ける。
───どうして、稜はそんな悪手を取ってしまったのだろうか。
多分、理由としては俺達は上からの視点で間欠泉がどこにあるか見えるが、稜には間欠泉がほとんど見えていないのだろう。だから、悪手を取ってしまうのも申し分ない。そして、俺達が文句を言うのも少し申し訳なくなる。
そして、14ターン目がやってくる。稜は、動かなければならない。
───が、3一と3三には、動くことができない。
そちらに動いてしまえば、神戸トウトバンダーに取られてしまうからだ。攻めることはできない。
左斜め上下には動けないし、右斜め上には間欠泉があるので、必然的に右斜め下にしか動くしか無くなる。
「───」
稜は、何も言わずに渋々1三に動いた。まぁ、選択肢としてはここしかない。
14ターン目挑戦者側 稜(角行)1三
「どんどんジリ貧になっちまう...」
稜も、自分がジリジリと負けに負けにと下げられているのに気付いているのだろう。
───と、神戸トウトバンダーは動き出す。
14ターン目生徒会側 トウトバンダー3三
稜は、どんどん詰められていた。次の15ターンで動けるのは3一か3五・4六のどこかであった。
だが、3一に進んでしまえば、更にジリ貧になってしまうのは一目瞭然であった。
15ターン目挑戦者側 稜(角行)4六
稜は、静かに置くにまで進んだ。3五に止まってしまうと、神戸トウトバンダーで桂馬飛びで隣に来られてしまうからであった。
───と、神戸トウトバンダーは静かに3四にまで進む。ここは、稜の角行の通り道であった。
「後は間欠泉が来なければ...」
稜は願う。ただひたすらに願う。3五のマスに間欠泉が現れなければ勝利することができるのだ。
「クッソ...」
が、出てしまう。神戸トウトバンダーは、稜と自分を結ぶ3五のマスに間欠泉が出ることはわかっていたかのような表情をする。そして───
「詰み───じゃないか...」
俺は、そう呟く。稜は詰んでいた。稜が、現在移動できるのは5五・5七・3七の3つだけであった。
そのどこに移動しても、きっと神戸トウトバンダーは桂馬飛びをして3六に飛んでくるだろう。
その時、確実に詰みになるのだ。
まず、次のターンで稜が5五に移動した場合。5五から移動できるのは、4六と3七の2つ。そこは、3六に飛んできた神戸トウトバンダーの王手の範囲内だ。
次に、次のターンで稜が5七に移動した場合。稜は、今いる4六のところにしか移動できないので3六に飛んできた神戸トウトバンダーの王手の範囲内。
最後に、次のターンで稜が3七に飛んできた場合であった。3七から移動できる次ターンで終わらない場所は5五と1五であった。
だが、5五に移動した際は神戸トウトバンダーも稜の隣である4五に移動してくるであろうから、後はどこに動いても稜は負けてしまう。
1五に移動しても、神戸トウトバンダーは2五に移動してくるだろうから、5五の時と同じく稜は詰んでしまう。
───よって、稜の敗北は決定してしまったのだ。
「おいおい、マジかよ...」
康太も、稜が詰んでしまったことに気が付いてしまったらしい。
「稜、お前の負けだ」
神戸トウトバンダーは、負けを宣言する。稜は、目を開き何かを言い返そうとするも何も言わなかった。
「潔く負けを認めろ」
神戸トウトバンダーは、稜にそう言葉を投げかける。
「俺は───」
稜は、パクパクと口を動かす。そして、その瞳から涙を流す。そして───
「参り...ました...」
稜は、そう述べた。稜が負けを認めたために、勝者は神戸トウトバンダーとなる。
───第4ゲーム『分離戦択』2回戦『パラジクロロ間欠泉』改め『新生・パラジクロロ間欠泉』挑戦者側が全員退場及び負けを認めたため生徒会側の勝利。