5月6日 その⑭
ついに始まった第4ゲーム2回戦。最初は挑戦者側から始まり、飛車と同じ動きができる歌穂が相手の陣地にまで入り込むほどに直線的な移動をした。
簡潔な図に現すとこんな感じだろう。1ターン目から王手に差し迫っており、神戸トウトバンダーは一歩でも前進しなければ、もう負けが決定してしまう。神戸トウトバンダーは、どのような戦法を取るのだろうか。
「それでは、俺の番だな」
そう言うと、神戸トウトバンダーは4二に移動した。上から見ると、右斜め下に移動したと表現すればいいだろうか。
1ターン目生徒会側 トウトバンダー4二
このまま歌穂が2ターン動かなければ、歌穂は捕らえる───退場になってしまうだろう。
このルールの性質上できるのは「飛車」や「角行」の動きだけであり「竜王」や「竜馬」に成ることはできない。相手だって、それは同じだった。
さて、早速2ターン目に突入する。1ターンにつき、動けるのは一つのコマだけで(将棋のルール上それは当たり前なのだが)ここで、稜と歌穂のどちらが動くかが重要だった。
「それじゃ、アタシが動くわよ!」
そう言って、歌穂は2マス後ろに下がる。
2ターン目挑戦者側 歌穂(飛車)2三
将棋の戦法───というか、コマの数や取ったコマを自分のものにできるというルールがない以上、本来の将棋の戦法が使用できるかすら怪しいが、歌穂の後退は悪くない1手だっただろう。
その場から動かなければ、次のターンで詰められていただろう。いや、今回の場所だって3二や、3四(桂馬飛び)に動かれてしまったら、このターンでその場から動かざるを得なくなる。だが、角行の稜も遮蔽物がない状態で動けるがために、次のターン歌穂が3三に移動すれば、自分を犠牲にして稜が神戸トウトバンダーを取る───と言ったことが可能だ。
もちろん、相手は自分が取られることが明白だろうから、そんなことはしてこないだろう。
上記の理由により、神戸トウトバンダーは攻めるという行為がしずらくなっているのだ。
───と、思っていたら。
神戸トウトバンダーは上から見て右にズレた。
2ターン目生徒会側 トウトバンダー3二
このターン、角行である稜はどこに動いても神戸トウトバンダーは歌穂を取れることができてしまうので動くことができない。結果として、動くのは飛車である歌穂ということになる。
もう一度言うが、歌穂が3三か2二に動けば歌穂は次のターンで神戸トウトバンダーに取られて退場になってしまうが、稜がそのコマに行ける。故に歌穂が取られることはほぼ皆無に等しい。
───数秒の沈黙。歌穂は、何かを考えているようだった。そして───
「さぁ、トウトバンダー。アタシを前にして逃げ惑いなさい。もしくは、負けなさい」
そう言うと、歌穂は神戸トウトバンダーの目の前に───3三に移動した。
歌穂と神戸トウトバンダーは目の前で向き合うようにしている。
「アタシを取って稜に取られるか、それとも大人しく1歩下がってアタシに取られるか、もしくは無様に逃げ惑うか───選ばせてあげるわよ」
「嫌な選択肢ばかりだな」
そして、神戸トウトバンダーはニヤリと笑う。
「ここは、強者の器を見せてやるべきか。それとも、圧勝してやろうか」
「───何を言っているのかしら?今のところ有利なのはこっちよ?そんなこともわからないの?」
「───」
直後、神戸トウトバンダーは歌穂に向かって跪き、頭を下げる。そのポーズはまるで土下座のようだった。
「何?負けを認めているつもりかしら?男なのに、歳上なのに。JKに土下座なんてしちゃってみっともないわね」
「負けを認めているわけでは無い。勝ちを確信したのだ」
そう言って、神戸トウトバンダーは立ち上がる。
「第4の選択肢だ」
そう言って、神戸トウトバンダーは一歩前進する。すると、歌穂はキラキラとした演出の上将棋盤の上から消失した。
「───これで...」
俺が、勝利を確信した刹那。目の前にある壁のように高い将棋盤がブルブルと震えだした。
「な...あっ!」
俺は、気が付いた。このゲームで、将棋とは違う要素は、コマの数ではなかった。
───そう、『パラジクロロ間欠泉』の名の通り間欠泉の要素もあるのだ。
今は3ターン目で、このゲームで初めて間欠泉が用意される。間欠泉のある場所は、通ったり留まったりすることができないはずだった。
故に、稜が神戸トウトバンダーのところへ向かう場所に間欠泉ができてしまっては、王手をすることができないのだ。神戸トウトバンダーは、故に歌穂を取ったのだ。
「そこまで、考えてたのか!」
俺は、祈る。稜が神戸トウトバンダーのところまで移動するための4マス───7七・6六・5五・4四のどこかに間欠泉ができませんように───と。
”ドッ”
そんな音とともに、姿を現す間欠泉。巨大な水柱が浮かび上がる。マスコット先生が用意した上からのカメラで確認できたのは全部で3つ。
8二・6七。
───そして、稜と神戸トウトバンダーを結ぶ線の途中である4四であった。
「俺の予想通りだな」
神戸トウトバンダーはそう呟く。
───そして、俺は気が付いた。神戸トウトバンダーのあの土下座は、何かを謝ろうとしていたのではない。噴き出そうとする間欠泉の音を聴いていたのだ。
彼の五感は以上に優れている。だから、水の音だって聞こえているのだ。
「おいおい、マジかよ...」
稜が、驚き呆れたようにしてそう呟く。そして、2回戦『パラジクロロ間欠泉』は1vs1での勝負が始まったのであった。