5月6日 その⑫
第4ゲーム『分離戦択』の2回戦の相手は、神戸トウトバンダーというブロンズ色の髪をもった大学生くらいの青年であった。第4回のデスゲームがいつ行われていたかは知らないが、数年ほど前なのだろう。
───と、彼のことで一番気になるのはその容姿端麗な顔でも羞花閉月な髪色でもない。
彼のその異様な話し方なのだ。彼は、一度しか話していないはずなのに2重の声が聞こえた。
もちろん、エコーがかかっているようなことではない。2つのことを話しているのだ。
同時に違うことを話していたのだ。口が───否、声帯が2つ無いとできないような所業に俺達は驚いてしまった。
「どうした?具合でも悪いのか?」
やはり、2つのことを話している。
「そんなの、2つのことを同時に話してるからびっくりしてるに決まってるだろ」
そうツッコむのは第3回デスゲームの生き残りであり、生徒会側のリーダーでもある靫蔓であった。
「それもそうだな。ビックリさせて申し訳ない。それで、この声のこと話そうじゃないか。俺の体は少し特殊で嗅覚とか触覚とか視覚とか味覚とか色々発達してるんだ。それで、こんな話し方だ。とりあえず、今は同じようなことを話してるから聞き取りやすいと思うけど、別のことを話すとなると聞き取りずらくなると思うよほら、こんな風にね」
神戸トウトバンダーの声は、聞き取りにくいような気もするが内容はスラスラと頭の中に入ってきた。なんだか、不思議な感覚だ。
「それで、アタシはカードを選べばいいのかしら?」
「そうだ。ちょっと待ってな」
そう言うと、靫蔓はその場にあぐらをかくと人工芝に6枚のカードをバラまいた。
そこに書かれているのは「ろ過」「抽出」「クロマトグラフィー」「蒸留」「昇華」「分留」の6つであった。「再結晶」は1回戦で選んだから除外されている。
「んじゃ、次は何を選ぶんだ?」
「稜はどれがいいと思う?」
「ん、俺は別にどれでもいいと思うよ。ゲームの内容と書いている内容はほとんど関係ないと思っているし」
「あら、そう。なら勝手に選んじゃっていいかしら?」
「あぁ、構わないよ」
「───そう言えば、今回は最高で5回戦行うのよね?」
歌穂は靫蔓に質問を行う。
「あぁ、そうだが?」
「今回用意されたゲームは全部で7つでしょう?最低でも2つは余ることになるけど、それはどうなるの?」
「まぁ、そりゃ行われないだろ。常識的に考えて」
「そう、もったいないわね...」
「別に、俺のありふれたデスゲーム。行われる方が珍しいだろ。売れる漫画ってのは、売れない漫画が他に何百個もあるからこそ成り立ってんだぞ。全部が全部売れてりゃ、打ち切りも近くなるだろうしな」
「───へぇ...」
歌穂には、靫蔓の例えはあまり理解できなかったようだった。
「てか、最高で5回戦行われるとしても、どこかでは俺が出るから、その時はGMが考えたゲームを行われる。だから、俺が考えたゲームが行われるのは最高で4回だ」
靫蔓は、そう補足した。確かに、行われるのは4回だ。
そうじゃないと、かなり不平等になるしね。マスコット先生ってか、GMもそこは赦さないようだった。
マスコット先生も平等を重んじているが、GMもそれと同じくらい平等を重んじているようだった。
「へぇ、靫蔓ですって?アナタからすると、どれがオススメかしら?」
「俺のオススメェ?んなの、言うわけねぇだろ。どちらにせよ不平等になる」
「そう、何も教えてくれないのね...」
歌穂はそう言うと、一枚のカードを取る。そこに書いてあったのは「昇華」という文字だった。そして、そのカードを裏返す。そこに書いてあったのは───
「はいはい。そんじゃ、第4デスゲーム2回戦。その名も───『パラジクロロ間欠泉』だ」
───こうして、2回戦のタイトルが発表される。そのタイトルは『パラジクロロ間欠泉』というものだった。
『パラジクロロ間欠泉』の元ネタとしては、パラジクロロベンゼンだろう。
───と、パラジクロロベンゼンの説明をするのは必要だろうか。
パラジクロロベンゼンは、ベンゼンの二塩化物であり、昇華しやすい白色の個体である。主な使用例としては防虫剤などだろう。あ、それと俺達男子は小便器にあるとついつい的にしてしまうあの緑色の球とかにもパラジクロロベンゼンが含まれている。
以上が、俺のパラジクロロベンゼンについての知識だ。正直、そこまでの詳しくはない。
「───それで、『パラジクロロ間欠泉』はどんなゲームなんだ?」
「どんなゲームかってのはまぁ、百聞は一見に如かず。会場を見てもらったほうが早いだろう。てことで、マスコット先生!」
「はいはいはい、わかりました!てことで、第4ゲーム2回戦『パラジクロロ間欠泉』の試験会場へ、行きましょう!」
直後、俺達の視界が漆黒に包まれる。唐突に暗闇に包まれた俺達は夜目ではなかったので、何も見えなくなってしまう。だが、そんな状態もすぐに終わり───
「───んだよ、これ...」
俺達の視界の先に入ってきたのは、巨大な縦横9マスずつにマス目が用意された木の板───巨大な将棋盤であった。
「ここが2回戦『パラジクロロ間欠泉』の勝負場所です!」
マスコット先生は、声たかだかに宣言した。将棋盤が用意されているが、どのようなゲームが行われるのだろうか。