5月6日 その⑨
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───42分19秒。
ついに飛騨サンタマリアと拓人の2人が試合に復帰する。拓人はこの5分間でしっかり休むことができたようだった。
そして、この5分のフリータイムで鈴華は15回のゴールを決めて79:72ともう負けはないだろうと思うくらいの逆転をしてくれた。
45分で試合が終了だから、試合時間は残り2分41秒だ。なら、8回ゴール決められることはないだろう。
───44分7秒。
「なんで...」
79:79。同点。
1分48秒で、同点まで持ってこられた。秒にして108秒。1回のシュートで約15秒。
これは、別におかしいことじゃなかった。
ただ、問題なのは拓人達が何も抵抗することができずに一瞬にしてボールが掻っ攫われているところだ。
これまでの7回、拓人達はただ呆然とボールを取られていたわけではない。毎回、工夫をこらしていたのだ。
フェイントをかけたり、自分の後ろのゴールを狙ったり。一気にシュートで決着をつけようとしたり。
───だが、全て阻まれた。見透かされて、追いつかれて追撃されて。
一気にシュートで蹴りをつけようとしても、そのボールに追撃するように蹴りを入れてゴールを奪い去ってしまった。
「なんで...なんでなんだ...」
いくらボールにスピードを付けても追いつかれてしまう。
───ここで、点を取らなければ逆転されてしまう。
「鈴華」
「あ?あぁ」
2人は、もう名前を呼ぶだけで何かを感じ取れるような間柄になっていた。いや、スポーツの力というのは偉大だろう。
「すまないが、オレ達も負けてらんねぇんだ。卑怯だなんて、喚くなよ?」
「何をする気ですか、と私は問う。だが、今の私はどこか自信に満ち溢れていた。心から欲していたものを手に入れたような気がして私はスポーツへやる気が出てきた。いや、このやる気はスポーツだけではない。これまでだらけていた勉強だってそうだ。ピンときていなかった人間関係だって途端に明るく見えてくる。私の目の前にいる少年は、それほどまでの勇気を与えてくれた。パワーを与えてくれた。これを、社会の人はなんて呼ぶか。愛?恋?いいや、違う。これは『友情』というものだった。男女の友情は成立しないと言うが、スポーツの中ではそれが例外だということがわかった。今、私と柏木拓人は敵対関係にあるが、この関係性が違かったならば───もっと、早く出会えていたのであれば私は生徒会に───いや、デスゲームに参戦していなかったのかもしれない。」
「随分長々と話してくれるね、でももう時間がないんだ」
飛騨サンタマリアが話すだけで、30秒以上使ってしまっていた。試合時間は44分48秒。残り12秒だ。
引き分けにならない限りは、この12秒で決着が決まる。というか、タイムアップギリギリまで鈴華と拓人が粘るのであれば最後の1秒だとかに飛騨サンタマリアはボールを蹴っていただろう。
───だから、ここで動き出すのは正解だった。
「んじゃ、行くぜ」
鈴華が、自分の方にボールを掴み後ろの方にあるゴールの方へ走っていった。もう、試合時間は残りの数秒。
ここで一時退場になろうがもう関係ないのだ。ならば、ここで手を使うのも鈴華らしいっちゃ鈴華らしい。
鈴華のすぐ後ろを走る拓人。そのすぐ後ろを走る飛騨サンタマリア。サ◯エさんのエンディングのような感じで3人は連なるように走っていた。
この体勢なら、飛騨サンタマリアは拓人を抜かすのに左右どちらかにズレなければならない。
その時が見えれば、飛騨サンタマリアがズレた方向とは逆側に蹴ればいいのだろう。
「そうだ、サンタマリア。オレはお前に質問があるんだが───」
先頭を走る鈴華がそう口走る。続くようにしてこう述べた。
「負けが決まった時の気持ちを教えてくれや」
直後、鈴華はその場で振り返る。そして、手に持っていたボールを地面の方へ落下させる。
───鈴華は、その落下しかけているボールを渾身の一撃で蹴り飛ばした。
「───ッ!」
鈴華の後ろを走る拓人と、拓人の後ろを走っていた飛騨サンタマリアがそのシュートに巻き込まれた。
───異様なフィジカルで、どこでボールを蹴っても飛騨サンタマリアに止められてしまうことがわかっているのであれば、飛騨サンタマリアをシュートに巻き込んでしまえばいい。
「すまんな、拓人。飛騨サンタマリアの目隠しになってもらった」
───ボールは、拓人と飛騨サンタマリアの2人を巻き込みながら、3人が走って向かっていたゴールとは反対側のゴールの方へ一直線に進んでいく。
そのスピードは、流星のように速かった。拳銃から放たれた銃弾のように速かった。
───そして、2人を巻き込んだボールはゴールに突き刺さる。そして───
「試合終了!!!!!!」
マスコット先生の声が、人工芝のスタジアム全体に広がる。
───勝った。勝ったのだ。
「ィよしッ!勝った!勝ったぞぉぉ!」
俺は思わず、喜びの声をあげてしまう。実際に試合に出たのは俺ではないけれど、勝ったことが嬉しかったのだ。
───第4ゲーム『分離戦択』1回戦『リバーシブル・サッカー』80:79で挑戦者側の勝利。