5月6日 その⑥
試合開始から1分と数秒。
それなのにも関わらず、もう既に挑戦者側が2点。生徒会側が1点を獲得していた。
拓人と飛騨サンタマリアの1vs1での攻防が続いている。
そして、ボールを相手のものになっていた。
「正々堂々来てくれたなら、こちらも一度ぐらい正々堂々戦うことにするよ、と私は述べる。相手が正々堂々望んでくれたのであれば、それを受けてこちらも正々堂々戦うのがスポーツマンシップと言うものだろう。私は、スポーツが苦手だがスポーツが嫌いというわけではない。だから、スポーツマンシップ精神だって嫌いなわけがないのだ。」
そう言うと、飛騨サンタマリアは動き出す。拓人のことを見て、飛騨サンタマリアから見て右に動く───と思わせておいて左に動く───と思わせておいて、右に動く。
2重のフェイント。軽々と、飛騨サンタマリアは拓人に二重のフェイントをかけた。だが───
「残念だね、本当に君のそのペラペラと思ったことを話してくれる口には感謝しているよ」
拓人は、フェイントなどを気にせず数歩後ろに下がり走り出す準備ができていた。
「ボールは、頂いていくよ」
拓人が、自らの後ろにあったサッカーゴールの方を向く。そして、そちらの方に飛騨サンタマリアの数歩前を先導する形で走っている───と思ったら。
「───なっ」
飛騨サンタマリアは、易易と拓人のことを抜かした。
「オレの足は100メートル10秒28で───」
それなのに。それなのにだ。拓人は、自らを抜かした飛騨サンタマリアに追いつくことができない。
それどころか、どんどん距離が離れて言ってしまう。
「───なんっ」
そのまま、飛騨サンタマリアはボールをゴールに向けて蹴り飛ばす。見事にシュートは決まり、生徒会側に1点が入る。これで、また同点に持ってこられた。
試合開始から1分29秒で2:2だ。
「拓人と、言っただろうか。私の対戦相手は。流石、流石だ。100メートルを10秒28で走るだなんて、私には考えられない。」
飛騨サンタマリアは一人でブツブツと話している。
「オレより、足が速いじゃないかよ!」
「そんなことない、と私は言い放つ。実際、記録を考えたら私のほうが遅いのだから。私はフルマラソンを1時間30分で走り切る───100メートル換算では12秒8なのだ。2秒以上もの差がある」
「フルマラソン1時間30分って...マジでなにもんだよ...人知を超えてやがる...」
フルマラソンの世界記録はエリウド・キプチョゲ選手の2時間01分09秒と言われている。
非公式の世界記録は同選手の1時間59分40秒という記録だが、それでもなお30分ほどの差がある。
「おかしい!おかしいおかしい!人じゃない!人じゃないよ!」
そう声をあげるのは、俺の隣で座っている康太であった。俺も実際、跳躍力や走行力を見て驚きを隠せなかった。
───そして、更に異常な点はそれだけの運動神経を持っていて尚、世界に名を轟かせていないところだった。
もし仮に、これだけの運動神経があればデスゲームを行う前にメディアから取り上げられるだろう。
あれ程まで極端な運動神経は、隠そうと思って隠せるものではない。
本当に異常な運動神経。驚きが隠せない。俺が知っているジャンプで連載していた生徒会漫画に、こんな異常なキャラがいたが、ソイツもフルマラソンを1時間半では走れていなかった。
「───ったく、頭がおかしすぎる...だが、オレの敵はそれでこそ成り立つ!」
敗色を一切見せず、それどころかどこかイキイキしているのは、眼帯をつけたスケバン───鈴華であった。
鈴華が試合に復帰できるのは、残り3分半ほどかかるのだが、それまでで何点差にまで抑えられるのだろうか。
───そして、一進一退の攻防が繰り広げられて試合開始から5分12秒。
ついに、鈴華の復活の時がやって来た。
この時の得点は、9:14と、俺達の方が5点負けている状態になっていた。
「───オレ、復活!」
そう言って、コートの中に入っていく鈴華。挑戦者側からのボールだ。ちゃんと、2vs1という大きなプラスをしっかり利用してほしいのだが───
「ほい」
そう言うと、鈴華は先程までの行動を全く学んでいないのか再度ボールを手に持った。
「拓人、オレはお前を信じている」
「───は?」
「稼げよ」
そう言って、鈴華は拓人の方を見てニコリと笑った。その笑みが現すもの。それは───
「ボールとお前のその手で熱烈なキスを交わせやぁ!」
そう言って、鈴華は飛騨サンタマリアの方へ特攻していく。
相手が自分からボールへ触れなければ、こちらから触れさせてしまえばいい。こちらは、片方がいなくなったとしてももう片方がいるのだから。
「これはマズい、と私は呟く。このボールに触れてしまえば、有無も言わことができずに5分間試合に出れなくなる。このボールに触れてしまえば、相手に5分間好きなだけ点数を荒稼ぎされてしまうこととなる。頑張って逃げなければならない。私は、ボールを持っている鈴華から全速力で逃げる。」
飛騨サンタマリアは、有言実行するかのようにして鈴華から猛スピードで逃げていく。
───が。
「知ってるか?ボールってのは投げたって構わねぇんだぜ?」
「───ぁ」
鈴華が投げた豪速球は、見事に飛騨サンタマリアの腕にヒットする。飛騨サンタマリアが、ボールに当たりよろめくと同時に、鈴華は飛騨サンタマリアにぶつかり跳ね返ったボールを拾い、それを蹴飛ばしてシュートを決める。
試合開始から5分39秒。
10:14とこちらが負けている中で、鈴華と飛騨サンタマリアの双方が退場。
───ここから5分間。拓人による、得点荒稼ぎタイムが幕を開けた。