5月6日 その③
「少し、集合してくれ」
俺はそう言って手を叩く。その音と同時に立ち上がったのは、9人の男女───安土鈴華・安倍健吾・柏木拓人・中村康太・西村誠・西森純介・細田歌穂・睦月奈緒・山田稜だ。
俺も皆が立ち上がったのを確認して立ちあがる。皆、俺達の方にやってきてくれていた。
「妾達は後ろで傍観しておこうではないか!」
そう言って、森愛香は自分のいる列の一番後ろの稜の机を教室の後ろにまでスライドさせるように蹴飛ばして、教室の後ろの壁にぶつけた。そして、華麗な一飛びで稜の机の上に着地し、その上に足を組んで座った。
一瞬で行われた麗美な技だった。
それに続き、ゲームに参加しない20人以上のクラスメートは後ろに移動していった。
「皆、協力ありがとう」
康太が、笑顔で皆に感謝を伝える。
「それで、ゲームの参加者はどうするかだよな」
靫蔓達の方をチラリと見ると、白板にもたれかかって大きなあくびをしていた。
「最初のゲームだし、景気づけにもここは勝っておきたいよな」
「あぁ、もちろん。今日で勝負を終わらせたいくらいだよ」
「オレを試合に出させろ。勝利を掴んでやるよ。見えてんだ、勝ち筋」
鈴華がそう述べる。まだ、ゲームの内容も教えてもらっていないが、どうやらもう勝ち筋が見えているようだ。
「鈴華、行けるのか?」
「もちろんだ。オレに行かせろ」
「そこまで言うのなら、鈴華に任せるよ。もう一人はどうする?」
「オレでいいかな?」
そう言って、手を小さく挙げるのは拓人であった。
「俺は一向にかまわないけど...他の皆はいいの?」
「うん、いいと思うよ。2人なら確実に勝利を掴んでくれるだろうし。足の引っ張り合いにはならなさそうだしね」
「アタシも異論も持論もないわ」
「オレも同じチームで問題ねぇ。楽しい試合ができそうだしよ」
鈴華はそう述べる。これで、チームは決定した。
第1回戦出場者:安土鈴華・柏木拓人
「頭脳戦だけは引かねぇようにしねぇとな」
「あぁ、そうだね。オレも体を動かす方が得意だから」
鈴華と拓人はそう言うと、教卓の方へ向かう。そして───
「「勝負だ!己の信念を、己の魂を、己の生き様を、己の志を、己の命を賭けて!正々堂々誠心誠意一意専心正面突破でオレ達と戦え!」」
2人はそう述べる。選手宣誓のようなものだろうか───否、宣誓ではなく宣戦布告だろう。
「さぁ、オレと戦うのは誰だ?出てこいよ、喧嘩なら売ってやるし買ってやる。そして、勝ってやる。楽しもうぜ、喧嘩を」
「オレは、そんな熱血キャラじゃないと思うけど、冷血にだけはなりたくないから勝利という膏血を得るために血反吐を吐いてでも死力を尽くすよ。泣血したくないからね」
2人はそう言い放った。そして、敵の先鋒として前に出たのは───
「私が相手させていただきます、と私は述べる。目の前にいるのは、何でも噛み付いていそうなお馬鹿な犬のようなスケバンの女と、誰にでも愛想を振っていそうな八方美人爽やか美人男子。こう言うのは、自分がよければ全て良いと考える私の嫌いなタイプの人間だ。こんな相手をボコボコにできるというのは快感を伴うのと共に、客観的に見て私が悪だと思われる不快感が生まれる。快感と不快感でプラスマイナスゼロ───って訳ではなく、不快感は一生残り続けるものなので結果的にはマイナスなのだ。」
その女は、まるで小説の一節のような感じで話し始める。まるで、何かを音読しているかのような。それほどまでにスラスラと言葉が出てきていた。
「私の名前は飛騨サンタマリア。君たちの名前を教えてくれ、と私は目の前の2人に問いかける。名前を知らないことには、スケバン女・八方美人男と表現するしかないのだが、それは少し長い呼び名であるため早めに名前を知りたい所存であった。」
「おい、オメェ。黙って聞いていれば人のことをスケバン女だとかお馬鹿な犬だとか好き勝手いいやがって。飛騨サンタマリア。確かに名前は覚えたからな」
「オレも、八方美人だなんて言われるのは納得いかないなぁ。でも、まぁいいや。早く勝負をしようよ。ゲームの内容を指定するんでしょ?番号を言えばいいのかな?」
鈴華と拓人が、飛騨サンタマリアと名乗った相手に反発を示す。飛騨サンタマリア、思ったことをすぐに言うような嫌なタイプの人間のようだ。マスコット先生と同じ被り物を付けているので顔は見えないが、彼女の後ろには長い銀髪がはみ出ていた。
「お、ついに始まるか?それじゃ、この中からどれか好きなのを選んでくれよ」
そして、靫蔓が教卓の上に並べたのは数枚のカード。
───と、その時白板に、上から覗くような視点で教卓が映し出された。
そのカードに書いてあったのは「ろ過」「抽出」「クロマトグラフィー」「蒸留」「再結晶」「昇華」「分留」であった。
───全部「分離」を行う動作の名前であった。しかも、専門的なものではなく高校の化学で履修したものだった。
「『分離戦択』の分離要素。さぁ、選べ。お前は何で分離する?」
「鈴華、選んでいいよ」
「何も言われなくてもオレが選んでる。オレが選ぶのは───これだ」
そして、鈴華が選択したのは「再結晶」のカードであった。そして、それを裏返す。
「そんじゃ、第4ゲーム1回戦。その名も───『リバーシブル・サッカー』だ」