5月5日 その③
「それで、栄。妾に用とはなんだ?悪徳セールスなら首を斬り落とす───と、そんな冗句を笑って見過ごすような雰囲気でも無さそうだな。来い」
「察してくれて助かる」
俺はそう言うと、チームHの寮の中に入っていく。俺達の住んでいるチームCと、部屋の構造は同じようだった。
俺は、愛香にリビングにまで連れられる。リビングには先程愛香を呼んでくれた綿野沙紀と、同じくチームHである細田歌穂がいた。チームHのメンバーが全員勢ぞろいしているようだった。
「あら、栄。どうしたの?アタシと勝負に挑みに来たの?」
「歌穂、黙っていろ。妾の来客だ」
「はいはい。わかってるわよ」
そう言うと、歌穂はソファに寝転んだ。
「───それで、話とは何だ?」
俺は、愛香に森宮皇斗に話した内容と全く同じ内容の物を話した。稜達と皇斗に愛香とこれで3度目だ。
だから、言葉も洗練されて来た。
「ほう、智恵が靫蔓に攫われたと」
「あぁ...助ける手助けをして欲しいんだ!愛香なら信用も信頼もできる!」
「───だが、妾に助けていい利点がないだろう?」
「智恵が、助かる」
「それは貴様の利点であって妾の利点ではない。妾にとって智恵は有象無象なのだからな」
智恵が助かる───という以上の利点は無かった。それ故に、何か利点があるわけでもなかった。
「じゃあ...こっちも何か愛香に願いを叶えよう!それなら、それならいいだろう?マスコット先生を殺すのを手伝う!この前は智恵のことを言われて破棄しちゃったけど、今は智恵を助けるのが最優先だから我慢する!」
男子最強であるだろう皇斗に断られてしまった以上、女子最強であろう愛香にまで断られてしまったら非常にマズい。
ここは、なんとしても愛香を仲間に引きずり込まなければならない。
「俺ができることなら何だってする!だから───」
「栄ができることなら何だってしてくれるのだな?ならば───」
愛香の口から飛び出たのは、本末転倒極まりない言葉。
「───智恵が帰ってきたら、その時に智恵を殺せ」
「───は?」
茫然自失。言語道断。笑止千万。
「何を...言ってんだ?それじゃ、本末転倒じゃないか!」
「そうか?智恵は、愛する人に殺されて嬉しいのではないか?」
「そんな訳ないだろう!お前に智恵の何がわかるんだ!」
「ならば、お前に智恵の全てを教えてもらおう。さぁ、栄。智恵の何を教えてくれるんだ?」
「智恵は...智恵はッ!」
───あれ。
どうしてだろう。言葉がスラスラと出てこない。
「智恵は...智恵は...」
智恵の名前を連呼するだけで、そこから後が出てこない。俺は、知らないのだ。智恵の表層しか。
智恵の過去も、智恵が抱えている闇も、智恵が第2ゲーム『スクールダウト』であれほどまで取り乱した理由も。智恵が俺に固執してくれる理由も。
───智恵が、俺のことを好きでいてくれる理由も。
「何も言葉にならないではないか。栄、貴様は本当に智恵のことが好きなのか?」
「───」
愛香の俺を───俺と智恵の関係を嘲笑うような表情を見た。直後───
───気が付くと、俺は愛香に殴りかかっていた。
「───ぇ」
一番、困惑しているのは自分だった。俺は協力してもらう立場だと言うのに、どうして暴力を振るおうとしているのか。自分自身は、こんなに怒りを我慢できない短気な性格だったのだろうか。
「暴力に頼るか。栄、真由美が死んだ時から全く成長していないな」
直後、俺の鳩尾に森愛香のつま先が激突する。
「───かは」
踏襲。旧態依然。再放送。
4月7日に、森愛香にやられた時と全く同じであった。俺は、全く同じ方法で、全く同じやり方で、全く同じやられ方をしたのだ。
「栄、妾は哀しいかな、悲しいかな。折角見込みのある男だと思っていたのに...どうやら、そうでは無かったようだ」
愛香から向けられる嘲笑の───いや、それ以下の諦めの表情。悲しそうな表情。
「それで、聞かせてくれ。お前の知っている智恵を」
愛香からかけられる、そんな言葉。
答えるわけがない。答えられるわけがない。こんな冷ややかな目を向けてくる愛香に話す義理も───、
「栄、貴様は智恵を助けたかったのではなかったのか?本当に智恵を助けるのを第一に考えるのなら、暴力を振るわないし、妾の質問に答えない訳がないはずだ。栄、貴様は本当に智恵を助けたいのか?」
義理ならある。理由ならある。智恵を助けるために、愛香からの質問に答えなければならなかった。なのに、俺は自分のプライドを優先して答えなかった。ミスが多い。多すぎる。
「智恵は助けてもらうことを望んでいないんだぞ?それは、ありがた迷惑というものではないのか?」
そんな事ない。智恵は、俺達が傷付くことを嫌がっただけだ。死を望んでいるわけじゃ───
「栄、貴様は本当に智恵を愛しているのか?」
「───ぁ」
俺の肺から空気が漏れる。周りからは、俺を心配するような細田歌穂と綿野沙紀の視線を感じる。
「栄、どうなんだ?答えろ」
「───俺は智恵を愛してる。それだけは、天変地異が起ころうと、お前になんと言われても変わらない!これが、お前の望む答えか、森愛香!」
「残念だな、これはデスゲームであり甘っちょろい恋愛小説なんかじゃない。だから、デスゲームの観点から考えれば、栄の答えは間違えだ!」
森愛香は、そしてこう言い放った。
「───だが、その甘っちょろさ、嫌いじゃない。妾の望んだ答えとしては満点だ。だから、もう一度チャンスをくれてやる。何分かけたっていい。何文字かけたっていい。何話かけたっていい。妾に智恵のことを教え、助けた方がいいと思わせてみろ。さすれば、協力してやろうじゃないか。栄の策謀に」
森宮皇斗、裏話その②。(その①は124部分)
124部分にて、森宮皇斗は梨央を助ける「捕虜救出作戦」を「余が助ける義理がないからだ」と言って断っていますが、今回は「余が出る幕ではない」と断っています。
もし相手が過去、類を見ない強敵ならば森宮皇斗は助けることに協力していたでしょう。
そしてこれは、梨央には助ける義理がないが智恵には助ける義理があることの表れ。
どうやら、森宮皇斗の推しカプは栄と智恵のようですね。まぁ、他に推すカップルがいないのですが...