5月4日 その②
***
───みどりの日の午後11時。
夜ももうすぐ更ける頃、俺は部屋で一人音楽を楽しんでいた。
今聴いているのは、アトラクトライトという曲であった。
これは、純介から「栄が好きそうな曲だよ」と言われて推薦された曲であった。
知識として有名なボカロを───ニコニコ動画で500万以上再生されている曲はある程度聞いている。
でも、VOCALOIDとCeVIOの違いは詳しくは知らない───言ってみれば、にわかみたいなもんだ。
てか、にわかだろう。ガチ勢ってのは純介みたいな人を言うと思う。
もっとも、純介に「ガチ勢なんだね」って言ったところ「僕なんてまだまだにわかだよ」と返されたけれど。
いつもと同じように平和な夜を過ぎていくと思ったら───
「よぉ、栄。何日ぶりだ?」
「───ッ!」
部屋に現れたのは、一人の男───否、1人の男と、ソイツに担がれた智恵であった。
その男の正体は、隠し通すほどではないし、勿体ぶるほどでもないので、すぐさま公表しておく。
鬼龍院靫蔓であった。
「智恵!」
俺は、靫蔓に担がれている智恵の名前を呼ぶ。布団で寝ながら音楽を嗜んでいた俺は、ガバリと立ち上がった。
「人質のつもりか?」
俺は、靫蔓に問う。智恵は、靫蔓に手で口を抑えられているので声を発することはできない。靫蔓は、部屋の扉の前に突如として現れた。
逃げることも、助けを呼ぶこともできない。智恵が捕らえられているから逃げることなんてしないが。
そして、この部屋は防音だ。いくら叫んだとしても、稜や健吾・純介がやってくることはない。
───どうするか。
「闇討ちか?人質を使って油断させて...」
「いいや、違う」
違かった。
「じゃあ、なんだ?」
「第4ゲームの告知をだ」
「───」
智恵を捕らえている理由にはならないが、靫蔓は第4ゲームについて話をしにきたようだった。
「智恵を離せ。そうすれば、話を聴いてやる」
「んや、別に俺はお前にルールを説明しなくたって困らない。最悪、ゲーム開始前に行っても問題はないからな。それっと、この女───智恵だっけか? は、人質として預かっておく」
「───それは」
「やめろと?そんなことを言ってやめる馬鹿じゃないのはわかってるだろ。彼女ちゃんの前で無様だぞ」
「でも...」
「それで、ゲームの告知は聴く?聴かない?選べ」
「───聴く」
智恵が捕らえられていて、居ても立っても居られなかったが俺は説明を聴くことにした。
「オッケー。お前も冷静だな。彼女が捕らえられているってのに。もしかして、そんなに好きじゃないんじゃないか?」
「───ッ!な訳!」
「まず、ゲームは2vs1で、それを5回行う」
靫蔓は、説明を急に開始する。反論の余地を物理的に作らなかった。
ここで遮って聴き返すことは許されないのだろう。ならば、智恵を取り返すにはコイツが帰る直前を狙えば良いだろう。だからと言って、警戒はやめない。
「だから、合計10人が必要だな。あ、俺達が1人で、お前らが2人だ。そのくらいのハンデは当たり前だしな」
「───そうか。それで?」
「5回戦の内、3勝した方が第4ゲームで勝ちだ。負けた方のチームは全員死ぬ」
「───それじゃ、もし仮に勝負で負けたとしても、他のチームが3回勝利してくれりゃ問題ないのか?」
「あぁ、そういうことだな。それと、お前らが負けたら智恵も死ぬ。てか、俺が殺す」
「「───ッ!」」
智恵も、今聴かされたのか目を見開く。
「まぁ、ゲーム開始時までに命を懸けて戦ってくれる仲間を探すことだな。別に、勝負に逃げてもいいが、その時は智恵を殺す」
靫蔓はそう言った。
「それで...伝えたいのはそれだけか?」
「俺からはこれで終わりだ」
「俺からは...ッ!」
靫蔓が、捕らえていた智恵の両手を持って宙に浮かせながら俺の方に見せる。
「ほら、栄に最後の挨拶でもしとけ。最悪、彼氏と喋れる最終チャンスだぜ?」
「───」
急に話すように仕向けられた智恵は、驚いて言葉が出ていない。
「あ?話さないのか?なら───」
「は、話します!話します!」
智恵が、そう声を出した。
「智恵...」
助けるなら、きっと今だ。でも、靫蔓に人質として捕らえられているからできる行動は限られる。俺は───
「私は死んだっていいから。栄が第4ゲームを了承しなければ...栄と、栄が選んだ9人が死ぬことは無くなるから。だから、第4ゲームはしないでね」
智恵は、そんなことを言う。智恵の目は、いつも通り何も変わらない目だった。
───悲しそうな目を全くしていない。智恵は、最初から───デスゲームが開始してからこれまで、ずっと生きることを諦めていたんだ。
「───ごめん、智恵。その約束は絶対に守れない」
俺はそう述べる。
「どれだけ苦難がやって来ようと、智恵の為なら俺はなんだってできるし、なんだってしてみせるよ」
「栄...」
「はい、お喋りは終わりだ。栄も口を慎め」
智恵は再度口を抑えられてしまう。
「智恵とのお喋りは終わりだが、靫蔓。お前とはまだ喋れるだろ?」
「───なんだ?」
「先に言っておく。人質に智恵を選んだのがお前の敗因だ。残念だったな」
返事もせずに、靫蔓と智恵は瞬間移動するように消えてしまう。
智恵は、連れ攫われてしまったし、靫蔓に暴力で抵抗もできなかった。
「智恵、ごめんな。弱い俺で」
俺の声は、宇宙のように静かな自室に生まれて、自室で死んでいく。
「───絶対に助け出す。そして、絶対に生きててよかったって思わせてやる」
俺はそう宣言した。弱いことは、諦める理由になんかならない。
栄のイメージソングは「アトラクトライト」です。
是非───というか、必ず聴いていただきたい。