4月27日 その⑧
───誠が、マス美先生の被り物を奪うことを志し、栄が眠っているベッドの区切りから出る時刻から、少し遡り。
時間は遡れども、場所は少しも変わらない。
午後8時を過ぎた保健室にて、マス美先生と梨花は対談していた。
「刺される...刺されるッ」
「大丈夫、大丈夫よ。落ち着いて」
叫ぶようにして言葉を発して、身をよじるように何かから逃げようとする梨花。それは、どこからどう見たって取り乱すと言えていた。
「先生は、人の怪我を治すお仕事をしているの。だから、人を怪我させる行為が一番嫌いなのよ。自己犠牲に駆られて行動する馬鹿がいるけど、それで怪我をした時のことを考えてないのやつが...怪我を治すために東奔西走している私達のことを何も考えない馬鹿のことが先生は一番嫌いなの」
マス美先生は、取り乱している梨花にそう伝えて宥める。
「誠くんにっ!刺されるっ!」
呼吸を乱しつつも、そう叫ぶ。
怖いものを見た際に、悲鳴を上げて恐怖を表すのと同じように。自分への危害を加えてきそうな人物への威嚇のような、または警告のような感じで言葉を口にする。
「怖いわよね。怖いわよね。刺されて、痛かったわよね。それに、一度ではなく2度も。でも、もう大丈夫よ。落ち着いて。落ち着いて頂戴」
もし仮に、刺されたのが一度だった場合はこれほどまでに取り乱さなかっただろう。
実際、4月23日に梨花が刺された場合は、叫び声をあげずに普通に目を覚ました。
もっとも、その時は刺した犯人と思われる美沙が、その場にいなかったこともあるのだが。
「大丈夫、大丈夫だからね。落ち着いて。落ち着いて」
取り乱す梨花の手を取り、そうやって宥めるマス美先生。
マスコット先生の被り物に、少しメイクを施したようなふざけた被り物をしているが、その優しさは本物であった。
まるで、デスゲームの運営に関わっていると思えないような愛情のようなものが感じられた。
「大丈夫、何があったのか。何が怖かったのか。何が嫌なのか。先生に教えて頂戴。話すと、楽になるから。それに、先生は梨花ちゃんの味方だから」
「───本当...ですか?」
「えぇ、本当よ。大丈夫。先生は、先生だから。梨花ちゃんのことを刺したりなんかしないわ。だって、先生だもの」
マス美先生の「先生だもの」という理由は、実に皮肉なものだった。
なにせ、デスゲームを運営している側の先生は、生徒を刺す必要などないのだから。
───これまで、梨花のことを刺したと思われる人物は美沙と誠。どちらも、生徒なのだから。
もちろん、マス美先生の「先生だもの」という理由は、保健室の先生だものいう意味だろう。だが、皮肉な意味に捉えられてしまった。
「話す...話し、ます...あの、あの...」
「大丈夫、ゆっくりでいいからね」
「誠くんに美沙と仲直りするよう言われて───」
梨花は、恐怖や興奮が冷めやらぬなか、言葉をギリギリ繋ぎ止めて、マス美先生に話をした。
誠が、梨花のところにやってきて、仲直りすることを提案したこと。それを、なんだかんだ言って承認したこと。
その後、図書館に戻ったら胸の辺りを刺されたこと。
刺した人物の声が誠と同じであったこと。そして───
「被り物をした...アタシを刺した人物は...こう言ったんです」
『梨花は刺殺した。美沙、後は上手くやれよ』と。
「だ、だから、だから、誰も信じられない、んです。アタシのことを、考えていくれて、いた誠くんも、皆、私のこと、刺すのかも、って、思うと...怖くて」
読点の───区切りの多い言葉。涙を流して、途切れ途切れに話しているから本当だ。
「怖かったわね、大丈夫よ。先生は、梨花ちゃんの味方だから。胸の傷は浅いから大丈夫よ。一先ず、応急処置はしてあるし、大丈夫よ」
マス美先生は、何度も言う。「大丈夫」と、「梨花ちゃんの味方だ」と。
───だが忘れないでいただきたい。マス美先生は被り物を───仮面とほぼ同義のものを付けているのであった。
「それじゃ、一先ず今日はお眠りなさい」
マス美先生は、そう述べる。そして、彼女が小さく頷いたのを見ると区切りから出ていった。すると───
「マス美先生、話がある。場所を変えて貰えないか?」
「あら、随分と積極的じゃない?だけど、残念。私は既婚者よ?」
「小粋なジョークは置いておいてだ。場所を変えて貰えないか?」
「───わかったわ、いいわよ」
2人は、B棟1階にある保健室の外に出る。
今思えば、こんな小さな部屋で色々と問題が起こっていると考えるとビックリであった。
「それで、話って?」
誠とマス美先生は、廊下をそのまま突っ切りグラウンドに出た。
「マス美先生の、被り物を少し借りることにする。抵抗するなら力づくだが...問題あるまいな?」
「あら、それは困ったわね...」
「すまないな、怪我を増やさないためにも、ここはお互い協力しようじゃないか」
こうして、誠はマス美先生の被り物に手を伸ばす。すると───
「おいおい、女性から物を奪うなんてな...弱い者いじめ犯罪!弱い者いじめ犯罪!粛清せよ!」
後ろから、そんな言葉が聞こえてきたので、誠は横に飛んでグラウンドの方へ逃げる。
そして、側宙を披露して見事に着地をすると、声の主の方を見る。
「あら、私の旦那さんが、私を助けるために応援を呼んでくれたみたいだわ」
マス美先生の言葉を耳にしながら、誠が見たのは、「生徒会」と縦に書かれた被り物をしている背の高い筋骨隆々とした男であった。
「お前は───」
「俺は、第3回デスゲームの生き残りである、鬼龍院靫蔓だ!愛読書は週刊少年ジャンプ!好きな少年誌は月刊少年ジャンプ!オススメの雑誌はジャンプスクエア!尊敬する青年誌は週刊ヤングジャンプ!大切な雑誌はグランドジャンプ!重要な雑誌はウルトラジャンプだ!」
「生徒会」と縦に書かれた───「真の鬼ごっこ」の時に鬼が被っていたものと全く同じ被り物をした人物は、鬼龍院靫蔓と名乗った。
靫蔓、名前もキャラも濃い。
多分、彼の好きな言葉は「友情・努力・勝利」です。