4月27日 その⑦
「さ、さ、刺される!また、誠くんに刺される!」
梨花が、意識を取り戻した直後にそう叫んだ時、時刻は午後8時を過ぎていた頃だった。
放課後になって、もうかなり時間が経っていた。
学校の門はもう閉まっている時間であったが、傷を治さなければならない俺は保健室に待機していたのだ。
俺が目を覚ましたことで、昨日から智恵は寮のベッドで寝ている。実際、昨日は眠そうにしていたし。
俺と、区切りの奥にいる梨央と梨花も治療を行っている状態だった。
梨央は第3ゲーム『パートナーガター』で刺された傷を治すために。梨花は、学校で刺された怪我を治すために。
付添人がいるかどうか、俺は知らなかった。だが、俺はその時に声で判断した。
「───はぁ?俺が刺すだと?」
その声で、梨花が目を覚ますまで誠が付き添っていたことを理解した。
「何々?大丈夫?」
そして、梨央の付き添いで美緒がいることもわかった。梨央はまだ昏睡状態だ。
「どうかしたのか?」
俺も声を上げる。
「刺される、刺される!」
「そうか、わかったぞ」
誠は、何かを閃いたようだった。辻褄が合ったかのような、そんな感じ。
「秋元、少し待っていろ」
そう言うと、俺のところに誠はやってきた。美緒も呼ばれたらしく、後から美緒も入ってきた。
叫び声をあげて、狂ったようになっている梨花の対処はマス美先生がすることになった。
「まず、第3ゲームの裏で真の鬼ごっことやらが行われたのは知っているだろう?」
「あぁ」
「えぇ、知っているわ」
「それで、梨花は真の鬼を名乗る生徒会に刺されていた。ソイツは、ボイスチェンジャーを使っていたが、最後だけ美沙の声になっていた...というのも知ってるよな?」
「あぁ、智恵伝えで聞いたよ」
「それも知っているわ」
「それで、秋元が叫んでいる俺に刺された───という意見をまとめて閃いた。いや、前から考えていたが、それが確定したと言う方が正しいだろうが...ともかく。生徒会はボイスチェンジャーで、俺らの声を真似できる」
「───ッ!」
だが、そう考えるのが正しいだろう。梨花が刺された時、誠は美沙を説得させようと行動していたはずだったのだ。
「本当に、小賢しいことをしてくれる...仲直りさせるのを食い止めてくるとは...」
それに、生徒会がボイスチェンジャーで相手を騙せるほどの擬態ができるのなら、いくらだって他人に疑いをかけることが可能だ。
「きっと、今俺が説得したって話を聞いてもらえることはないだろう」
「じゃあ...仲直りはどうすれば...」
今、一番大切なのは梨花と美沙が仲直りさせることだと考えた。
「仲直りはさせる。そのためにも、佐倉と俺が生徒会じゃないと納得させなければならない」
「その方法は?」
「ない」
「ないって、どうするんだよ!それじゃ、仲直りできないじゃんか!」
「そうだな。今、俺の発言には矛盾が生じている。しかも、大きな矛盾がな」
仲直りをするためには、美沙と誠が生徒会じゃないと梨花に納得させなければならないが、その方法はない。よって、仲直りができない。
そんな矛盾。
「───だが、今の佐倉には絶対に秋元が必要だ。彼女の凄惨な状態は池本は知っているだろう?」
「あぁ、聞いたよ」
「え、それは私知らないわ」
誠が、美沙が強姦されていたことを端的に美緒に説明した。美緒は、口の辺りを手で抑えて真面目な表情をしている。
「誰が、そんなことを...信じられない...」
美緒が、男子を恨むような言葉を吐く。
「因果応報とも言えるが、そう言ってまとめてしまうのはあまりに酷だと思っている。それに、男子の俺が口を出せるような問題ではないと思うしな」
「話の軌道修正をするぞ?それで、仲直りさせるにはどうするんだよ?」
「誰か、悪役を立ててボイスチェンジャーを使っていたと言わせる」
「じゃあ、偽物の生徒会を作って、ソイツがボイスチェンジャーを使っていたことを梨花に伝えさせる───ってことだな?」
「あぁ、そうだ。生徒会から得た情報を鵜呑みにしている梨花ならば、それはできるだろう」
「───それで、それはどうするんだ?生徒会の被り物なんて一朝一夕で用意できるようなものなのか?」
「生徒会のしていた被り物は、真っ白い無地の丸い被り物に縦で生徒会と書かれていただけであった。故に、真っ白い無地の丸い被り物さえ用意できれば、生徒会を偽るのは楽だろう」
「その、被り物はどこで手に入れるんだよ?」
「いるだろう?そこに被っている人物が」
「───あ...」
気付いてしまった。誠は、マス美先生から被り物を奪い取ろうと言っているのだ。
───だが、それはそれでいい作戦であった。
マスコット先生を相手するよりも、マス美先生から奪い取る方が楽なのは確かだ。男女で、筋力差と言うのはどうしても出てしまうから。
───だが、一つ疑問がある。
「どうして、そこまでして仲直りさせたがるんだ?」
「どうしても何もないだろう。ただ、いじめが起こっていてギスギスしている教室の雰囲気に耐えきれなくなっただけだ」
誠はいつか、こんなことを言っていた。
{あぁ、素晴らしいよ。俺には、自らの命を投げ売ってでも友達や仲間を助けようなんて思えないから。人間として、道徳的には正しいんじゃないかな}
自分はまるで、他人の為に行動しないかのような発言。自分はまるで、他人に優しさを振りまくようなことをしないかのような発言。
「───誠、君は優しいんだな」
俺は、微笑みながらそう言った。
「そうか?」
誠は、俺の言葉を疑うかのように聞き返す。
「あぁ、誠。きっと、デスゲームが物語だとするのなら、君は主人公だ」
俺は、誠にそう伝えた。すると、誠は俺に微笑み返した。そして───
「そうか。なら俺は、主人公らしくマス美先生から被り物を奪い取って来るとするよ」
そう言うと、誠は俺のベッドのある区切りから出ていった。どうやら、誠とマス美先生の勝負はすぐに行われるようだった。