4月27日 その⑥
森愛香が保健室を出て行って、保健室は秋元梨花が刺された事による騒がしさに包まれていた。
───だが、俺にとってそれはそこまで重大な問題とはならなかった。
いや、秋元梨花と佐倉美沙を仲直りさせるという点では、これは重大な問題だろう。
だけど、今重要なのは智恵が「森愛香が怒ったのは私のせい」と自己嫌悪に陥っていることだった。
「大丈夫、大丈夫だよ、智恵。智恵は悪くないだろ?」
俺は、智恵の頭を撫でつつ優しい言葉を投げかける。
実際、智恵は悪くない。実際、智恵がいなければ廣井大和(弟の方)に勝つことはできなかっただろう。
なのに、智恵が足手まといだと思ったことはなかったのだ。
「智恵、傍から見れば智恵は足手まといだったのかもしれない。でも、俺にとっては大事な活力なんだ。智恵がいなかったら、俺は第3ゲームの途中で死んでいたよ」
「そう...なの?」
「あぁ、だから智恵は誇らしげに思ってくれ。智恵がいなければ、廣井大和には勝てなかった」
「本当に?」
「そうだよ。智恵は勝利の女神だ」
「───ありがと」
「池本はいるか」
俺と智恵が、少しイチャラブしているところにやってきたのは誠だった。表情を一つ変えずに、俺の病室に入ってきた。
「森との話はどうだった?」
「残念ながら、失敗だ。でも、美沙はチームFの一室で寝泊まりさせることになった」
「そうか、それでいいのか?」
「うん、問題ないよ」
「それと、知っているかと思うが...ていうか、保健室にいたのだから知らないと言わせたくないのだが、秋元が刺された」
「あぁ、知っている。今も騒いでいるしな」
マス美先生の、どこか既視感のある声が聞こえてくる。本当に、どこで聞いたのだろう、この声。
───と、思っていたら思い出したこれは俺の───
───スマホに入っているアプリ「帝国大学附属高校」に入っていた声だった。
変に声優を雇うわけでもなく、手元にいる人員でボイスの録音をしていたのだ。変なところで予算を削ってくるよなぁ...などと思えてくる。
マスコット先生の顔とか、5才児の描いた絵みたいだしね。逆に、5才児以外がアレを描いていたらビックリだ。
───などと思っていると、どこかで「すみませんね、5才児みたいな絵で」というマスコット先生の声が聞こえたような気がする。
もちろん、気がするだけでそこにマスコット先生が現れていた訳ではなかった。
「それで、仲直りさせる手立ては?」
「それは、こちらで上手く日にちを調整する。不幸中の幸いで、また秋元は殺されなかったっぽいしな」
誠は表情を一つも変えずにそう述べる。
「そうか...生かされているのか...」
「ここ最近、生徒会の動きが活発だよな。何か企みがあるのか...それとも、クラスの分断を楽しんでいるのか...」
誠がそう考察を立てる。
「───それとも、何かを隠すためにこの事件を利用しているのか」
誠が、そう述べた。
言われてみれば、生徒会はいつも何かの裏で行動していたようだった。
これまでの例を出すならば、第2ゲーム『スクールダウト』の裏での暗殺の企み・第3ゲーム『パートナーガター』での「真の鬼ごっこ」などだろう。
「それじゃ、この裏で何かを起こそうとしているってこと?」
「わからない。わからないからこそ、裏なのだろう」
「それはそうだな、すまん。野暮なことを聞いて」
「構わん」
俺の質問を、誠は軽く許してくれた。
「───んで、仲直り的には問題ないんだな?」
「あぁ、問題ない。事をうまく運ばせるからな」
「そうか、ならよかったよ。俺はその分断を見たわけじゃないけれど、クラス内でいじめが起こってるとか聞くだけで嫌だからさ」
「───池本は優しいんだな」
誠は、表情を変えずにそう呟いた。
「池本は勇敢で、雄弁で、優秀で...でも、一番大切にする人は決めているしっかりとした人間だ」
「でも、勇敢で雄弁でを優秀なのは誠も───」
「俺は、人間性がほとんど欠落しているんだ」
「───」
誠の無表情で行われる宣言。俺は、思わず返事ができなくなってしまった。
「池本のような万人への優しさは持ち合わせていない。人として、何かが欠落しているんだ」
「そんなことないよ───なんて言っても、それは誠の救いにはならないだろうから、言わないでおくよ」
「そうしてくれ」
誠はそう言った。言われてみれば、誠が笑っているところなど見たことがないような気がした。
それどころか、ほとんど表情を変えることはなかった。まるで、機械のような。そんな感じがしたのは誠の言葉を使うなら「人間性が欠落しているから」なのだろうか。
「───では、池本。俺が伝えたいことは伝え終わった。秋元と話を合わせてくる」
「そうか、頑張れよ」
「頑張るも何も、話をするだけなのだから、そこまでのことはしないだろう」
「はは...そうか。でも、友達を応援するのに、頑張れ以外の言葉は見つからなくてよ」
「そうか」
そう言うと、誠は梨花がいる病室へと向かった。
───そして、数時間後意識が回復したらしい梨花からこんな言葉が発せられた。
「さ、さ、刺される!また、誠くんに刺される!」
誠は、第二の主人公とも言っていいでしょう。
主人公が彼ではなく、栄になった理由は───。
おっと、今は話さないでおきましょう。