4月27日 その⑤
「───え?」
俺は森愛香の言っていることが理解できなかった。
「理解できなかったのか?愚物が。妾は優しいからもう一度言ってやる。多分、昔デスゲームに参加していた人物の子孫って、妾のことだ」
「───根拠は?」
「ない。だが、妾は親と一度もあったことがない。それに、デスゲームの設備を作るのも、妾の両親の経済力があれば、トランプタワーを作るくらい容易いだろう」
「トランプタワーって、割と作るの難しくない?」
智恵が、俺の代わりにツッコミを入れた。森愛香が睨むと、智恵は俺の服の裾を掴んで俺の影のように隠れように動いた。
ウサギのような動作で可愛かった。
「まぁ、経済力も親と面識がないのも根拠とは言えん。故に、ないと称したが...疑う理由くらいにはなるだろう」
「まぁ...それはそうだな。それの、どこが問題なんだ?」
「問題と言うか、仮説だ。さっきもそう訂正したつもりだったのだが...まぁ、いい。問題なのは、妾と栄が、両親と出会い、何を思うかだ。もしかしたら、栄が同情をかけるかもしれない」
「俺限定なんだな...」
「妾は親に執着も怨恨も無いからな。それに、妾の親のどちらかがマスコット先生だったとして、もう一度は殺している」
「それは...そうだけれど...」
森愛香は、入学1日目でマスコット先生を殺しているのだ。その際に確認した、マスコット先生は40代後半から、50代前半辺りの男の人であった。
───俺や、森愛香の両親と言われても納得するような年齢だろう。
「それで、栄はどうする?妾に協力するか?」
「あぁ...いいぜ...」
マスコット先生を殺したところで、代わりの人物がやってくるのはわかっていた。
また、マスコット先生を殺したからと言って、全員が無差別に死亡する───なんてことは、起こらないのだ。それは、4月1日で証明されている。
「それに、今は都合と運がよく、女装マスコットは秋元梨花の対応に追われているようだしな」
秋元梨花が刺された報告を受けて、保健室は騒然としていた。もっとも、俺たちにその喧騒は今の話し合いに関係なかったので、無視していたが。
「それでは、約束通りマスコット先生を殺す手伝いを、栄にはしてもらう。行くぞ」
「え、今から?!」
「当たり前だ。今からでないと意味がないだろう」
「で、でも栄は怪我してるんだよ?無理に動いちゃ駄目だよ!」
「怪我をしている今だからこそ、攻めたてるのだろう?だって、相手は油断しているのだから」
「それは...」
そうだ。納得してしまう戦略だった。
これは、このデスゲームに参加している誰に対しても当てはまる言葉なのだが、誰だって短絡的に行動している訳ではないのだ。感情的に行動している訳ではないのだ。
いくら、怒りを表したって、その裏では緻密な作戦を練っているのだ。
「流石は天才ってところだな...」
「妾をおだてているのか?」
「いや、違う。いや、違わなくもないか?いやぁ...」
「いやいやうるさいぞ。いやは一回だ」
「はいはい」
「はいは100回だろう?」
「はいはいはいはい...って、多すぎる!」
そんな、どこかでもう既にされていそうなボケをする。
「それじゃ、栄。準備はいいか?」
「あ、あの...私は...」
「智恵は...足手まといになるから来なくていい」
「え」
「ちょ、愛香!そんな言い方ないだろう!俺の大切な彼女になんてこと言ってくれるんだ!」
「でも、実際戦力にはならないのは事実だろう?第3ゲームの臨時教師との戦いを見ていたが、一度でも攻撃をしたところを見たか?コイツは、味方の援護をしていただけの、役立たずだったぞ?」
森愛香は、ズケズケとそんなことを言っている。実際、彼女は俺たちと臨時教師の戦いを見ていたのだろう。
「でも───」
「私が戦力にならなかったのは本当だし...別に、私の両親が関わっているわけでもないから、私はお留守番で問題ないよ」
「いいのか?」
「うん。私が付いていったら迷惑になるらしいし...」
「いや、俺は迷惑なんか思って───」
「迷惑だ。全くの迷惑だ。もしかしたら、栄を取られるのかと不安になっているのかもしれないが、こんな男を好きになるようなもの好きは智恵、お前だけだ。蓼食う虫も好き好きと言うが...智恵にはこの諺がお似合いだろうな」
「───」
「愛香、すまない。交渉は決裂だ」
「───は?」
「佐倉美沙の部屋は、チームFの皆と上手く話し合って決める。別に、部屋の主がいれば、入れないことは無いからな。だから、智恵を悪く言うような愛香とは協力できない。俺の...誠の目的は、あくまで美沙を安全に保護することだ。だから、チームFにいても、チームHにいてもほとんど問題ないんだ」
「───」
森愛香は黙り込んでしまう。俺がぶつけているのは正論だし、言い返すことも無いのだろう。
「智恵も、佐倉美沙をチームFに連れていくのはいいだろう?」
「うん...いじめられてるのは可哀想だったし...私はほとんど保健室にいたから助けられることはなかったけど...」
智恵は、そう言った。
「そうか、ならばもういい。貴様らとは決裂だ」
そう言うと、森愛香は俺のベッドのある仕切りの中から出るために立ち上がる。
───そして、こう呟いた。
「智恵を愛しているつもりなのなら、他の女を助けようだなんて思うのはやめることだな。その行為は、裏切りと呼ぶのだから」
森愛香はそう言うと、保健室を出ていった。俺は、何も言葉を返すことができなかった。
保健室には、秋元梨花が刺されたことで対応に追われているマス美先生や、運んできてそのまま手伝いをさせられている綿野沙紀の騒がしい声と、智恵の「ごめん...私のせいで...ごめん...」という謝罪の言葉だけが、残っていた。