4月27日 その①
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4月27日の午後3時。
『3-Α』に属する一人の少年───西村誠は考えていた。
今、『3-Α』を覆っている問題を解決させなくていいのか、を。
今現在、『3-Α』では梨花と美沙の喧嘩───いや、喧嘩は間違っているだろうか。梨花が美沙に対する一方的な攻撃───端的に言い表せば、いじめが行われていた。
誠は、梨花のことを知っているし、共に「真の鬼」から逃げた人物であるから、梨花を擁護するという選択を取っている。
だが、毎日毎日罵倒を浴びせ、暴力で訴えている梨花を見て疑問を持ってしまったのだ。
───それは、正しいことなのか。
西村は、情など関係なくただ考えた。そして、結論を出した。
───秋元梨花は、やり過ぎだ、と。
結論を出した後、西村誠はすぐに行動に移した。学校に、まだいる梨花を探し出して声をかけに言ったのだ。
梨花は、図書室にいた。
「なぁ、梨花」
「あ、誠君。どうしたの?」
梨花は、美沙がいない場では落ち着けるようになっていた。
精神の安寧が保たれているのだ。
「俺の話に、少しだけ耳を傾けてくれないか?」
「う、うん。いいけど...」
「では、こっちに」
そう言うと、誠と梨花は図書室を出た。
「それで...話って?」
「俺が、上手く口裏を合わせるから美沙と仲直りしてくれ。今の秋元は、見るに堪えない」
「───は?」
梨花が、わかりやすくキレたような表情で誠のことを見る。
「それって、どういう...」
「そのまんまだ。今の秋元は見るに堪えない。もう、赦してしまえば場は丸く収まる時期だ」
「───はぁ?誠にはわかんないの?アタシは、美沙に拓人君を取られたの!寝取られたんだよ!」
「元から、秋元のものではないだろう」
「───ッ!」
正論。機械的な正論であった。そこには、優しさも───いや、喜怒哀楽の全てが含まれていない全くの正論であった。
「別に、取られるも何も秋元のものではなかったはずだ。恋人というものは、速いもの勝ちだ。だから、秋元はその戦いに遅れを取っただけってことだ。それに、佐倉だって柏木とは付き合っていない。ならば、そろそろ赦すべきだとは思わないか?」
「───でも、でも...」
「別に俺は、謝れとは言ってない。口裏を合わせるから、赦せと言っているんだ」
「でも、鬼かもしれないんだよ?美沙は!」
「鬼じゃないかもしれないぞ?佐倉は」
「───もう!ああ言えばこう言うのやめてよね!」
「阿吽の呼吸で呼応の副詞。目には目を歯には歯を煽り文句には煽り文句にを」
「───ッチ!もう、何を言われたって、美沙を赦す気は無いんだから!」
「───そうか、なら柏木とは一生付き合えないだろうな」
「───ッ!」
梨花が、怒って図書室に戻ろうとした時に、吐き捨てるように───否、そこには一切の感情が感じられないので吐き捨てるも何もなく、淡々と述べた。
「人のことをいじめる女とは、誰だって付き合いたくない。社会的体裁としても、自分の心持ちとしても」
「───そうだけど...」
誠の言葉に、梨花は少し考え込んでしまう。
誠が放つ言葉は、正論だけなのだ。そこには、感情が含まれていない論理的な正論だったのだ。
「───で、どうする?秋元に非は無いはずだし、欠点もないはずだ」
「でも...」
「プライドが赦すことを許さないというのか?」
「───」
梨花は、心を読んだのかと驚くような顔をして誠の方を見る。
「秋元の好きにすればいい。ただ、俺の意見としては今すぐにでも仲直りしてほしい───そう思っている」
「仲直りしたとして...きっとアタシは美沙のことを好きになれないとは思うし、美沙だってアタシのことを好きだとは思えないと思う...」
「仲直りする前提で話すことを始めたな。なら、仲直りしてしまおう」
「───あ!嵌めたな?」
「常套手段だ」
そう言うと、誠は口角を上げる。
「それじゃ、こっちも上手く行動する。誘導するから、仲直りしてくれるか?」
「───しょうがないわね、アタシは別に誠のお願いを叶えるために仲直りするわけでも、美沙を思って仲直りするわけでもないんだから。ただ、アタシは拓人君と付き合うためにするんだから!」
「───そうか。なら、そういう事にしといてやるよ」
「え、なんか言った?」
「なんでもない。良いやつだな、秋元は」
「───別に、そこまで良い奴ではないわよ。本当に良い奴なら、友達をいじめたりはしないわ」
───どうやら、梨花も美沙との争いの終着点を見失っていたようだった。
怒りは収まれども、美沙を責めることを続けるのは梨花にも酷だったのかもしれない。
梨花と拓人を、そして梨花と美沙を繋げる橋に、誠はなれるのだろうか。
「───んじゃ、明日行おうと思っているから。いいな?」
「えぇ、いいわよ。美沙を説得してちょうだいね」
「任せろ」
誠はそう言うと、次は美沙のところに行こうとどこかに歩んでいった。
「───全く、なんだかんだ言って誠君も人がいいんだから」
そう言うと、梨花は息を吐く。そして───
「アタシが、拓人君の事が好きじゃなかったら、誠君のことを好きになっていたかもしれないわね」
梨花はそんなことを呟いて、微笑むと図書室へと戻っていった。