4月26日 その①
今日は智恵ちゃんの誕生日です。
栄の誕生日も、純介の誕生日も大して祝う気はないけど、智恵ちゃんは別。
作者に優遇されています。まぁ、それが物語での生き死にに関係するかって聞かれたら別。
目を、覚ます。
黒一色に染まっていた俺の瞳に、色という概念が戻ってくる。
無音の静寂に囲まれていた俺の耳に、音という概念が戻ってくる。
バッテリーの切れたロボットのように稼働しなかった俺の鼻、匂いという概念が戻ってくる。
何も感じられなかった肌に、ピリピリとした痛みが、そして俺の手を握る柔らかな触感の概念が戻ってくる。
いつから機能していなかったかわからない俺の口が、作動を再開し渇きという概念が戻ってくる。
五感の復活。
体が、これまで以上に何かを食すことを欲している。
体が、これまで以上に誰かに愛されることを欲している。
体が、これまで以上に安寧を手に入れることを欲している。
三大欲求の復活。
覚醒した。俺の意識は、混濁から、混沌から、混迷から、混雑から解放された。
「───んん...」
俺は、目を覚ます。
「なんだ...ここは...知らない天井...じゃない!この天井の正式名称はロックウール化粧吸音板だ!なーんだ、知ってたわ。安心安心───じゃない!まだ、臨時教師との戦いが...」
「───栄?」
俺が一人で騒いでいると、俺の手を握っていた少女───俺の彼女である智恵が、俺が目を覚ましたことに気付く。
「智恵」
「栄!」
俺が、目を覚ましたことに気付くと智恵は、俺のことを抱きしめる。俺の寝ているベッドのすぐ隣に椅子だけが置いてあった。智恵はずっとそこに座っていたのだろうか。
俺は、俺に飛び込んできた智恵を受け止める。腹の部分が痛むような気もするが、今は気にするべきではないだろう。
「よかったぁ...栄ぇ...私、心配したんだよー!」
そうやって、涙を流すのは智恵だった。俺は、智恵の背中を擦る。智恵の、柔らかい体が、俺の体を包み込んでくれているし、俺も智恵のことを包み込んでいる。
「心配かけてごめんな、智恵。俺はもう大丈夫だし、智恵が真っ先に俺の胸に飛び込んでくれたってことは智恵以外の皆も無事で生きてるってことだろ」
「うん、うん!」
俺は、智恵の行動から大体の現状を把握する。
───臨時教師に勝利し、誰一人死なずに第3ゲーム『パートナーガター』を乗り越えたのだ。
最後に投げたナイフは、上手く刺さったようだった。誰も死なずによかった。
もちろん、鈴華は背骨を砕かれていたし、梨央は体中に無数のナイフが刺さっていたのを目撃していたが。
死んでいないのなら、何よりだ。
「栄...」
そう言うと、智恵は俺の胸に顔を埋める。なんだか、その仕草を見るとハムスターのような気もした。
だが、そんな事を言うと怒らせてしまうかもしれなかったので、何も言わずにただ頭を撫でた。
俺がいるのは、保健室だろう。
デスゲーム会場の救護室にはなかった、最新鋭の機器がチラホラ見えている。いや、最新鋭かどうかはわからないだろう。パッと見、最新鋭っぽいってのが正しいだろう。
「───そうだ、智恵には怪我はなかったか?」
「うん、私は怪我してないよ」
「そっか、それはよかった。それじゃあ、他の皆は?」
智恵は、俺の胸に埋めていた顔を、俺の方に向ける。目だけが、こちらを向いていて可愛い。
「えっとね、梨央はまだ昏睡状態で目を覚ましてない...それと、奏汰と真胡は目を覚ましているけど、まだベッドの外からは出れないような───今の栄と同じくらいかな。それで、鈴華はまだ診断は必要だけど歩けてる状態だよ」
「すげぇなヤンキー。骨砕かれてるのに、もう歩いてるのか。───って、今日何日?」
「今日は、4月26日だよ」
「26日?!あれ、終わったのは23日で...俺、2日くらいずっと昏睡状態だったの?」
「うん、そうだよ」
「そうだったのか...」
もしかしたら、智恵がずっと俺の手を握っていたのかもしれない。ずっと、俺の隣にいてくれていたのかもしれない。きっと、智恵のことだから俺の隣にいたはずだ。
「───智恵、ありがとう」
俺は、まだ胸の中にいた智恵のことを抱きしめる。智恵は、頬を赤くしていた。
───どうか神様。第3ゲームが終わった今くらいは、俺達がイチャイチャするのを許してください。
そんな願いをしながら、俺は智恵を強く抱きしめる。離したくないくらいだ。
───俺は、この言葉にならない喜びを「愛」だと知った。
───そして、智恵がいなくなってしまった時のことを考えてしまい、その言葉にならない喪失感・虚無感を「愛」だとも知った。
今、俺は満たされているのだ。これが「愛」なのだ。
「ん...栄...」
智恵が、俺の名前を呼ぶ。苦しかっただろうか、俺は智恵を抱きしめる手を緩める。
「───あ、あの...緩めないで...もう少しだけ、ギューッてしてて欲しいな...」
「───」
───。
───。
危ない、理性が飛びかけていた。ギリギリのところで持ちこたえた。
「───わかった」
俺は、智恵を再度抱きしめる。すると、智恵は幸せそうな顔をした。もちろん、俺も幸せだった。
───この幸せな空間が、ずっと続けばいいのに。
そう、心から願った。